第一章
母の家の押入れは、開けるたびに違う季節の匂いがした。
防虫剤と、埃と、たぶん一度も洗われなかった座布団の綿。奈津は段ボールに「処分」と黒いマジックで書きながら、これで七箱目だと数えた。半年かけて七箱。ふつうの人なら三日で終わる量だろう。
週に一度、土曜の午後だけ通っている。それ以上は無理だった。
母が死んだのは去年の十一月で、葬儀の日は雨が降っていた。参列者は十四人。喪主の挨拶で奈津は「生前は母がお世話になり」と言い、その先が続かなかった。母が誰にどう世話になっていたのか、奈津は何ひとつ知らなかったからだ。
知らないまま、半年が過ぎた。
押入れの奥、衣装ケースの隙間に挟まっていたのは、A5サイズの古いノートだった。表紙は焦げ茶色のビニールで、角が白く擦り切れている。値札の跡がうっすら残っていた。百五十円。
日記だ、とすぐにわかった。
開くと、母の字があった。
最初の数ページは、几帳面な、少し右上がりの字。奈津が子どもの頃、連絡帳の保護者欄で毎日見ていた字だった。
<今日から書く。書けと言われたわけではないが、
しゃべる相手がいないので、こうするしかない>
日付は五年前の四月。父が死んで二年目の春だ。
奈津はノートを閉じかけて、やめた。閉じて段ボールに入れてしまえば、たぶん一生開かない。それがわかる程度には、自分のことを知っていた。
畳に座り直して、ページをめくった。
中身の九割は、天気と、買ったものと、テレビで見た番組の感想だった。大根が安かった。膝が痛い。となりの犬がうるさい。
退屈な記録だ。退屈で、そして、奈津の名前がまったく出てこなかった。
三十ページほど進んだところで、ようやく見つけた。
<奈津から電話。三分。切れた>
それだけだった。奈津は、その電話を覚えていない。三分も話したのか、と思った。もっと短かった気がしていた。
ページをめくる指が、だんだん速くなる。
字が、少しずつ変わっていた。
最初は気のせいだと思った。でも五十ページ、百ページと進むうちに、はっきりとわかるようになった。右上がりだった字が水平になり、やがてわずかに右下がりになる。線の終わりが震えて、はねの部分が丸くつぶれていく。
母は、こうして老いていったのだ。
奈津の見ていないところで、一日ずつ。
喉の奥が固くなったので、いったんノートを置いて、台所で水を飲んだ。コップは母のもので、縁が少し欠けていた。母は物を捨てない人だった。捨てられない人、と言ったほうが正確かもしれない。
だから娘のことも捨てられなかったのだろうか、と考えかけて、やめた。都合のいい話にしすぎている。
畳に戻って、ノートの後半を開いた。
そこから、あるものが繰り返し出てくるようになった。
<きょうも三階。二時間半>
<三階。掲示板に貼った。まだ返事はない>
<三階。雨。人が少ない>
三階。
なんの三階なのかは書かれていない。マンションの三階か、病院か、それとも何かの教室か。母がどこかに通っていたという話は聞いたことがなかった。
ページの端に、小さく書き込みがあった。日記の本文ではなく、余白に走り書きされたメモ。
<ミナトビル 3F 北がわ>
奈津は声に出して読んだ。ミナトビル。
思い当たるまでに、たっぷり十秒かかった。実家の最寄り駅、その駅に直結している古い駅ビルの名前だ。一階に総菜屋と洋品店、二階が衣料と靴、三階が本屋と文房具屋と、なんだかよくわからない事務所がいくつか。
奈津も高校生の頃は毎日通っていた。参考書を買って、帰りに一階で肉まんを買って食べた。改装の噂は何度もあったが、結局いまも同じ場所に建っている。
母は、そこに通っていた。
二時間半。
なんのために、と思って、次の瞬間、奈津は自分の質問の卑怯さに気づいた。母が二時間半どこかにいたことよりも、その二時間半を自分がまったく知らなかったことのほうが、ずっと重い。
窓の外で、電線に止まっていた鳥が飛んだ。
奈津はノートを鞄に入れた。段ボールには入れなかった。
第二章
ミナトビルは、記憶より小さかった。
自動ドアが半拍遅れて開く。中に入ると、床のタイルの目地が黒ずんでいて、天井の照明が二本ほど切れていた。総菜屋のショーケースだけが妙に明るい。
エスカレーターで三階まで上がる。踏板がきしむ音は、高校のときとまったく同じだった。音まで一緒に年をとった、みたいな。
三階は、思っていたよりも人がいなかった。
本屋は雑誌の棚を減らして、代わりに文房具と雑貨を置いていた。その隣に小さな喫茶店がある。「白鷺」という店名の、木の看板。あんな店、あっただろうか。あったのかもしれない。高校生の奈津には見えていなかっただけで。
北がわ、と日記にはあった。
奈津は方角を確かめてから、通路の突き当たりへ歩いた。
そこに、ベンチがあった。
木製の、三人掛けくらいの古いベンチ。背もたれの塗装が剥げて、下地の色が縞になっている。窓に面していて、外には駅のホームと、その向こうの立体駐車場が見えた。
誰も座っていなかった。
そして、たぶん、いつも誰も座っていない。ベンチの正面には店がなく、通路のいちばん端で、階段にもトイレにも近くない。ここを通る理由が、そもそも人にはないのだ。
奈津は座ってみた。
座面が、ぎ、と鳴った。
視界にあるのは、窓ガラスと、その向こうのホーム。ちょうど電車が入ってきて、人がわらわらと降りていく。改札に向かう流れが、上から見るとひとつの生き物みたいに見えた。誰かが立ち止まり、誰かが走り、誰かが誰かを待っている。
二時間半。
ここに、母は座っていた。
ベンチの左手に、コルクボードがあった。
壁に取り付けられた、たぶんビルの管理事務所が置いているものだ。地域の行事の告知、防犯パトロールの案内、色褪せた献血のポスター。落とし物の貼り紙。「白い折りたたみ傘をお預かりしています(一月十四日)」。もう五月なのに。
右下の隅に、他とは違う紙が数枚、画鋲で留められていた。
小さい。名刺よりひとまわり大きいくらいの、たぶんメモ用紙を切ったもの。
奈津は立ち上がって、近づいた。
母の字だった。
<ここにいます。十四時から十六時まで。 高橋>
高橋。母の旧姓ではなく、そのままの姓だ。奈津は結婚していないので、同じ姓を持っている。
息が浅くなった。
誰に宛てたものなのか。何のために。ここにいます、というのは、待ち合わせの伝言のように見える。でも待ち合わせなら、こんな紙をコルクボードに留めるだろうか。
その下に、もう一枚。
<先週は来られませんでした。ごめんなさい>
さらにその下に、日付だけが違う同じような紙が、何枚か重なっている。いちばん下のものは日に焼けて、字がほとんど読めなくなっていた。
「あの」
声をかけられて、奈津は肩を跳ねさせた。
振り返ると、喫茶店の制服らしいエプロンをつけた女性が立っていた。四十代の後半くらいだろうか。短い髪に白いものが混じっていて、手にトレイを持っている。
「すみません、驚かせて」と彼女は言った。「そこの貼り紙、ずっと気になってる方がいらして」
「あ、いえ、私は」
言いかけて、何と言えばいいのかわからなくなった。私は何なのか。
「これ、書いた人の、娘です」
女性の表情が、ゆっくり変わった。
驚きではなかった。もっと静かな、何かが腑に落ちたときの顔だった。
「高橋さんの」
「はい」
「……そう」
彼女はトレイを胸の前で持ち直した。
「いつも、うちに来てくださってました」
喫茶店「白鷺」は、カウンター五席とテーブル三つの小さな店だった。奈津は窓際のテーブルに案内された。
窓からは、さっきのベンチが見える。位置関係を理解して、奈津は少し息をのんだ。この席に座れば、ベンチにいる人が見えるのだ。
「小笠原と申します」と女性は名乗った。「ここ、十二年になります」
十二年。母がベンチに通い始める、ずっと前からだ。
「母は」奈津は言葉を選んだ。「どのくらい、来ていたんでしょう」
「三年半、くらいだと思います」
三年半。
「毎週、水曜日でした」小笠原さんは思い出すような目をした。「午後一時ごろにいらして、うちで一杯飲んで、それからベンチに座られて。だいたい四時前にはお帰りになる」
「毎週ですか」
「はい。台風の日も来られたことがあって、あのときはさすがに心配して、大丈夫ですかって声をかけました」
奈津は膝の上で手を握った。
「何をしていたか、ご存じですか」
小笠原さんは少し黙った。それから、正直に、という感じで言った。
「待ってらっしゃるんだと思っていました」
「誰を」
「わかりません。聞いたことはないので」
彼女は窓の外に目をやった。ベンチには相変わらず誰もいない。
「でも、あの掲示板に紙を貼るのは、ずっと見ていました。毎週です。前の週の紙を剥がして、新しいのを貼って。剥がした紙は、たたんでバッグに入れて持って帰られてました」
持って帰った。
じゃあ、いま残っているあの数枚は。
「最後のほうは、剥がさなくなったんです」小笠原さんは言った。「たぶん、手が疲れるようになったんだと思います。画鋲を抜くのも、けっこう指の力が要りますから」
奈津は何も言えなかった。
母の指。字の震え。ページの右下がり。
「あの」小笠原さんが、ためらいがちに続けた。「立ち入ったことをうかがいますけど。高橋さん、お一人でお住まいでしたよね」
「はい」
「娘さんがいらっしゃるとは、伺っていませんでした」
その言い方に、責める色はまったくなかった。ただ事実を確かめる声だった。だからこそ、奈津の中で何かが軋んだ。
「母とは」奈津は言った。「あまり、話していなかったので」
「そうですか」
小笠原さんはうなずいて、それ以上は聞かなかった。
その代わりに、こう言った。
「ご注文、どうされます」
「あ……」
メニューを開こうとして、奈津は手を止めた。
「母がいつも頼んでいたものって、あります?」
小笠原さんの目が、ほんの少しやわらいだ。
「ありますよ」
「じゃあ、それを」
「今日は、やめておきましょう」
え、と奈津は顔を上げた。
「まだ早い気がするので」小笠原さんはトレイを持ち直した。「今日はコーヒーにしませんか。うち、豆だけはちょっといいのを使ってます」
断られたのに、なぜか腹は立たなかった。
「……お願いします」
運ばれてきたコーヒーは、たしかにおいしかった。奈津はひと口飲んで、窓の外のベンチを見た。
夕方の光が、剥げた塗装の縞に当たっていた。
第三章
それから奈津は、水曜日に通うようになった。
仕事は融通が利くほうではなかったが、月に二度は午後半休を取った。取れない週は、土曜に来た。土曜のミナトビルは水曜より少しだけ人が多い。それでもベンチには誰も座らない。
コルクボードに残っていた母の紙は、全部で六枚だった。
最初は剥がすつもりだった。でも小笠原さんが「そのままにしておきませんか」と言ったので、そうした。かわりに、写真を撮った。
六枚のうち、いちばん古いものは日焼けで読めない。二番目は、<先週は来られませんでした。ごめんなさい>。三番目は、<ここにいます。十四時から十六時まで>。
四番目に、初めて名前があった。
<奈津へ>
それだけだった。続きはない。裏を見たが、白紙だった。
奈津はしばらく、その一枚の前で動けなかった。
家に帰って、日記を読み直した。
二冊目、三冊目があるはずだと思って実家の押入れをもう一度探したら、衣装ケースの下から出てきた。同じ焦げ茶色のノートが、四冊。値札の跡も同じ。母はたぶん、まとめて買ったのだ。これから何年か分の記録をつけるつもりで。
字は、冊が進むごとに弱くなっていた。
三冊目の途中から、こういう記述が混じり始める。
<きょうも書けなかった。何をどう書けばいいのか、
いくら考えても順番が決まらない>
<奈津は忙しいのだから、こちらから連絡するのは
迷惑だと思う。いや、思うことにしている>
思うことにしている。
その一行を、奈津は三回読んだ。
母は自分を騙していたのだ。娘に嫌われているという可能性を直視するかわりに、娘が忙しいのだという物語のほうを選んだ。
そしてたぶん、奈津も同じことをしていた。母は自分に興味がないのだ、と思うことにしていた。そうすれば、連絡しない理由になるから。
二人とも、同じやり方で逃げていた。
きっかけは、十年前のことだ。
奈津が二十四のとき、当時付き合っていた相手と別れた。別れ方が最悪で、しばらく仕事も休んだ。実家に戻って、二週間ほど寝ていた。
ある朝、母が言った。
「そんなことで会社を休むもんじゃないよ」
たぶん、心配していたのだと思う。今ならわかる。母の世代の人間にとって、心配は叱咤の形をとることがある。
でもそのとき、奈津は聞かなかった。
「お母さんに何がわかるの」
と言った。
母は黙った。しばらく台所で洗い物の音がして、それからこう言った。
「わからないよ。あんたが何も言わないんだから」
その通りだった。だから余計に腹が立った。
奈津は次の日に東京へ戻って、それから十年、まともに話さなかった。年に二度か三度、電話をかけた。三分で切った。父の葬儀のときも、必要なことしか話さなかった。
どちらが悪いのか、奈津にはいまだにわからない。
母の言葉は雑だった。でも奈津の言葉はもっと雑だった。母は謝らなかったし、奈津も謝らなかった。そのまま十年が過ぎて、母が死んだ。
それだけの話だ。世の中に無数にある、それだけの話。
四冊目のノートは、最後まで書かれていなかった。
三分の一で終わっている。最後のほうは、日付と天気だけの日が増える。
その中に、母のいちばん長い文章があった。震える字で、二ページにわたって書かれていた。
奈津は、それを一度に読めなかった。
<掲示板に貼るのは、たぶん意味のないことだ。
奈津がここに来るはずはない。
でも、貼ってしまうと、少しだけ気が済む。
あの日、私は謝るべきだった。
わからないよ、と言ったのは本当だ。
でも本当は、わかりたかったのだと思う。
その言い方を、私は知らなかった>
台所の椅子が、ぎ、と鳴った。
その音が、ミナトビルのベンチの音とよく似ていたので、奈津はしばらく顔を上げられなかった。
窓の外で、誰かの家の洗濯機が回っていた。
翌週の水曜日、奈津は白鷺のカウンターに座った。
小笠原さんは何も聞かずにコーヒーを出してくれた。奈津はカップを両手で包んで、湯気が上がるのをしばらく見ていた。
「母は」と奈津は言った。「ここで、何か話しましたか」
「たいしたことは」
「たいしたことじゃなくていいんです」
小笠原さんは布巾でカウンターを拭きながら、少し考えた。
「一度だけ、こう言われたことがあります」
「はい」
「『こういうのは、届かないほうがいいんですよ』って」
奈津は顔を上げた。
「どういう意味ですか」
「私にもわかりませんでした。聞き返したんですけど、笑って、何でもないって」
小笠原さんは布巾を置いた。
「でも、あとから考えて、こう思ったんです。届いてしまったら、返事を待たなきゃいけなくなる。返事が来なかったら、今度こそ本当に終わってしまう」
湯気が、まっすぐ上がっていた。
「だから、届かない場所に貼ってたんじゃないかって。それなら、まだ待てるから」
奈津はコーヒーを飲んだ。少し冷めていた。
「最後のメモは」と奈津は言った。「まだあるんでしょうか」
小笠原さんは、ゆっくりうなずいた。
「私が預かってます」
「え」
「亡くなる少し前に、渡されたんです。あの掲示板、年に一回、管理の人が全部剥がすので。そのとき捨てられちゃうと困るから、って」
彼女はカウンターの下から、封筒を出した。何の変哲もない、茶色い事務用の封筒だった。
「もし娘さんが来たら渡してくださいって言われました」
奈津は、その封筒をすぐには受け取れなかった。
「……来ないと思ってたんじゃないんですか」
「思ってたと思います」
小笠原さんは、はっきり言った。
「思ってて、それでも預けたんですよ」
第四章
封筒の中には、一枚だけメモが入っていた。
母の字は、もうずいぶん崩れていた。線が途中で途切れて、書き直した跡がある。
<奈津へ
三階の窓のところで、いつも同じものを飲んでいました。
もし来ることがあったら、同じものを頼んでみてください。
おいしくないかもしれません。
でも、私はそれが好きでした。
ごめんね、が言えないまま、ここまで来ました。
いま書いても遅いので、書きません。
かわりに、あなたが元気であることだけ願っています>
ごめんね、が言えないまま、ここまで来ました。
いま書いても遅いので、書きません。
奈津はその二行を読んで、笑ってしまった。声が出た。
なんて母らしいのだろう、と思った。謝る直前まで行って、そこで踏みとどまる。プライドなのか、照れなのか、それとも本当に「遅い」と思っていたのか。
たぶん全部だ。
そして自分もまったく同じことをしてきた。母に電話をかけて、話すことがなくて、三分で切った。あの三分のあいだ、奈津の口も、同じところで踏みとどまっていた。
似ているのだ。認めたくないほど。
顔を上げると、小笠原さんがこちらを見ていた。
「あの」と奈津は言った。声が少しかすれた。「母が、いつも頼んでいたもの」
「はい」
「いただけますか」
小笠原さんは、初めてちゃんと笑った。
「はい。少しお時間いただきます」
出てきたのは、白い、湯気の立つ飲み物だった。
カップは厚手の、レトロな形のもの。表面に薄い膜が張っていて、木のマドラーが添えられていた。
「ホットミルクです」と小笠原さんは言った。「砂糖なし。生姜を少しだけ入れて、うちは蜂蜜をひとさじ足します。高橋さんは蜂蜜も要らないっておっしゃってたんですけど、体が冷えるからって、私が勝手に入れてました」
ホットミルク。
奈津は、その言葉をしばらく受け止めていた。
コーヒーでも紅茶でもなく。喫茶店で、毎週、ホットミルク。
「よく飲まれる方、少ないんです」小笠原さんが言った。「頼まれると、こっちがちょっと嬉しくなるくらい」
奈津は、思い出していた。
小学生のころ、熱を出した夜。母がこれを作った。鍋で温めて、膜が張るのがいやだと言う奈津のために、いちいちスプーンで膜をすくって捨ててくれた。
あんまり甘くないね、と言った気がする。
砂糖入れると寝られなくなるよ、と母は言った。
覚えていた。覚えていたのに、二十年以上、一度も思い出さなかった。
「……あの」
「はい」
「これ、あっちで飲んでもいいですか」
奈津は窓の外を指した。誰も座らないベンチ。
小笠原さんは少し驚いた顔をして、それからうなずいた。
「こぼさないでくださいね」
「はい」
ベンチは、やっぱり、ぎ、と鳴った。
カップを両手で持つと、掌に熱が伝わった。窓の外はもう夕方で、ホームに西日が射している。電車が入ってきて、扉が開いて、人が降りる。
流れていく。ひとつの生き物みたいに、改札のほうへ。
母は、これを三年半、毎週見ていた。
なぜここだったのか、いまならなんとなくわかる気がした。人がいるけれど、誰も自分を見ない場所。話しかけられない距離で、それでも世界が動いているのが見える場所。
寂しい人が座るには、たぶん、ちょうどよかったのだ。
奈津はホットミルクを飲んだ。
熱い。そして、ほとんど味がしなかった。生姜がかすかに舌の奥に残って、蜂蜜の甘みが最後にわずかに来る。おいしくないかもしれません、と母は書いていた。
その通りだった。おいしくはない。
でも、飲めた。飲めてしまうものだった。
二口目を飲んで、奈津は左手のコルクボードを見た。六枚の紙。日焼けした一枚、<ごめんなさい>の一枚、<奈津へ>の一枚。
あそこに、返事を貼ろうかと思った。
思って、やめた。
母はもういない。貼っても届かない。届かない場所に貼ることの意味は、母のほうにこそあった。奈津がそれを真似ても、それはただの自己満足だ。
かわりに、心の中で言った。
――あのとき、ひどいこと言った。ごめん。
――でも、お母さんもひどかったよ。
――どっちも謝らなかったから、こうなった。
――それだけだよね。
言葉にしてみると、あまりにも簡単だった。十年かけて、二人分の人生を止めていたものが、たったこれだけの分量だった。
それが悔しくて、少しだけ、目の奥が熱くなった。
でも泣かなかった。泣くほどのことでもないと思った。泣くほどのことなら、もっと早く泣いていたはずだ。
自分を許せるかどうか、はまだわからない。
最後まで会いに行かなかった。電話を三分で切った。葬儀で、母のことを何も語れなかった。それは事実で、これから先も事実であり続ける。取り消せない。
ただ、と奈津は思った。
母も、最後まで謝らなかった。
それでも、封筒を人に預けた。来ないと思っている娘のために、来たときのためのものを、他人に託した。あれは、母なりの、いちばん遠回りな手の伸ばし方だったのだろう。
奈津は、その手を、半年遅れで取った。
それで充分ではないか、という気がした。充分ではないかもしれないが、これ以上のことは、もうどうやってもできない。できないことを責め続けるのは、たぶん、母の望んだことではない。
――なんて、都合のいい話にしてるかな。
思って、少し笑った。
都合よくしてもいいのだ、と思った。そうしないと、生きていけない部分がある。
ミルクは、底のほうに少しだけ残っていた。
冷めかけて、膜が張っていた。奈津はマドラーでそれをすくって、カップの縁に置きかけて、やめた。
そのまま飲んだ。
膜のところだけ、少しだけ濃かった。
カップを返しに行くと、小笠原さんは洗い物をしていた。
「ごちそうさまでした」
「お口に合いましたか」
「合わなかったです」
小笠原さんが笑った。
「そうでしょうね」
「でも、また頼むと思います」
「はい。お待ちしてます」
奈津は伝票を持って、レジのほうへ歩いた。
途中でふり返って、窓の外を見た。ベンチには、誰も座っていない。夕方の光が、剥げた塗装の縞を横切っている。
来週も来よう、と思った。来られない週もあるだろう。そのときは、ごめんなさいと心の中で言って、次の週に来ればいい。
母がそうしていたように。
エスカレーターの踏板が、きしんだ。
一階に降りると、総菜屋のショーケースがやっぱり明るくて、肉まんの湯気が上がっていた。奈津は二つ買って、ひとつをその場で食べた。
もうひとつは、明日の朝に食べるつもりだった。
自動ドアが、半拍遅れて開いた。


