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食・きょうだいコメディ

妹の餃子は、口が開く

口が開くのは、入れすぎのせい? それとも――。

読了目安
21分
長さ
短編
#くすっと笑える#食べ物#家族
妹の餃子は、口が開くのイメージ

あらすじ

十一月の「包む日」。今年は両親が旅行中で、大人になったきょうだい三人が姉・千景の部屋に集まった。ひだを五つに揃える姉の隣で、妹の七海が包む餃子は次々に口を開ける。弟は遅れて来たうえに電話ばかり。具の量か、キャベツの水分か。皮の袋とレシートを見直すうちに、三人の役目も少しずつずれていく。

読みやすく、好きなところから。

目次・4章

一 包む日の段取り

冷蔵庫の扉には、千景の字で段取り表が貼ってある。

〈十三時 七海・圭吾到着(圭吾=大判の皮一袋)〉
〈十三時十分 試し焼き〉
〈十三時半 包み開始〉
〈十五時 焼き〉
〈食べる分三十個/持ち帰り各十五個〉

十一月の第三日曜日は、浅倉家の「包む日」だった。誰がそう呼び始めたのかは覚えていない。覚えているのは、実家の台所のテーブルに新聞紙が敷かれ、母が具を練り、きょうだい三人が並んで皮を包んだことだ。左端が千景、真ん中が圭吾、右端が七海。左の皿には同じ形の餃子が行儀よく並び、右へ行くほど餃子は太り、七海の前ではたいてい何個かが口を開けていた。

今年は両親がいない。町内会の旅行で、湯ノ沢温泉に一泊している。出発の前の晩、母は電話で言った。

「三人でやってみたら。写真だけ送って」

それで会場は千景のマンションになった。二DKの、台所に小さなテーブルがある部屋だ。

具は朝のうちに作り、ラップをして冷蔵庫に入れておいた。豚ひき肉六百グラム、塩をして布巾二枚で二回絞ったキャベツ、ニラ一束、しょうがとにんにくを少し。ボウルの具は、千景がいつも使う銀のスプーンで七十六杯分になるよう、量を合わせてある。大判の皮を三袋、七十五枚。一杯は試し焼き用だ。

その大判の皮が、冷蔵庫には二袋しかない。三袋目は弟に頼んである。

〈帰りに大判の皮を一袋。大判ね。二十五枚入り〉
〈了解〉

千景はスマートフォンの画面を、もう一度眺めた。了解、の二文字の中身がどこまで了解されているのか、圭吾の場合はいつも少し怪しい。

インターホンが鳴ったのは十二時五十八分だった。

「早いね」
「早く来ないと、お姉ちゃんが全部並べ終わってるでしょ」

七海は玄関で、肩から大きな保冷バッグを下ろした。上着を脱ぐ前にファスナーを開ける。保冷剤が六つ、ジッパー付きの袋がひと束、油性ペンが一本。

「持ち帰り用。名前書くでしょ、どうせ」
「……書く」

同じ袋は、千景の台所の引き出しにも入っている。数が二倍になったが、千景は言わなかった。言えば七海は「じゃあ持って帰る」と言い、本当に持って帰る。

七海は手を洗うと、まっすぐボウルをのぞいた。ラップ越しに、薄い桃色の具が平らにならしてある。

「味見したい」
「生はだめ」
「わかってるよ。焼くの」

七海は勝手知ったる顔で小さいフライパンを出し、スプーンの先で具をひとすくい取った。千景が数えている七十六杯のうちの、ちょうど一杯ぶんだ。それをフライパンの上で薄く平たくのばし、蓋をして弱めの火にかける。裏返したあと、千景は調理用の温度計で中心を測り、七十五度を超えてからも一分待った。食べる箸は別に出して、半分ずつ口に入れた。

「しょうが、もうちょっと」

と七海が言った。

「これで決まりだから」
「ちょっとだけ。ひとかけの半分」

千景はボウルを見た。七十五杯ぶん残っている。しょうがを足しても杯数は変わらない。

「……半分の、半分」
「ケチ」

七海はおろし金を出して、指の先ほどのしょうがをすりおろし、ボウルの具に混ぜた。千景はそれを新しいゴムべらでもう一度ならした。ならし終えたところで、取り皿を三枚、テーブルに置いた。左に千景の、真ん中に圭吾の、右に七海の。昔と同じ並びだった。

十三時を過ぎても、圭吾は来なかった。

〈ごめん三十分遅れる〉

届いたのは十三時四分。千景は段取り表の「十三時半 包み開始」の横に、鉛筆で小さく「→?」と書き足した。

圭吾が来たのは十三時三十一分だった。片手にビールの六缶パック、もう片手にスーパーのレジ袋。

「悪い悪い。あ、これ皮ね。ビールは置いとく。俺は車だから飲まないけど」

レジ袋をテーブルの真ん中に置いたとたん、ポケットの中で電話が鳴った。圭吾は画面を見て顔をしかめた。

「施主さんだ。ごめん、あと車、下に停めちゃってるから、パーキングに入れてくる。すぐ戻る」
「手は」
「戻ったら洗う」

ドアが閉まった。テーブルの上に、ビールとレジ袋が残った。

「すぐ、ってどのくらい」

と七海が聞いた。

「圭吾のすぐは、三十分」
「じゃあ、始めよっか」

千景は段取り表をちらりと見て、うなずいた。十三時三十五分、包み開始。予定から五分遅れ。

二 口が開く

千景は冷蔵庫から大判の皮を一袋出して、自分の前で封を切った。七海は、テーブルの真ん中のレジ袋に手を伸ばし、圭吾が買ってきた袋を取り出して、ぴりぴりと開けた。千景はそのとき、袋の表を見ていなかった。小皿に水を張り、トレーに打ち粉をして、銀のスプーンを構えるのに忙しかったからだ。

具は小さいボウルに少しずつ取り、残りは冷蔵庫へ戻した。包んだ分も、区切りのいいところでトレーごと冷やす。テーブルの上に全部を出しておかないのも、千景の段取りだった。

千景のやり方は決まっている。皮を左の手のひらに置き、スプーン一杯の具を真ん中に。縁の半周に指で水をつけ、半分に折って、ひだは五つ。右から左へ、同じ幅で。できた餃子は、トレーに六個ずつ並べる。一列できるたびに、千景の胸のどこかが少し静かになる。

七海は違った。スプーンに具を山盛りにすくい、皮にのせ、さらにスプーンの背でもう少し足した。

「それ、入れすぎ」
「これが普通」
「普通はスプーン一杯」
「お姉ちゃんのスプーンが小さいの」

七海は皮の縁に水をつけ、具を押さえこむようにして折り、ひだを寄せた。指は速い。千景が一個包むあいだに、七海の指は迷わず動いた。できた餃子はまるまると太り、トレーの上でずっしりと座った。

三個目で、口が開いた。

閉じたはずの縁が、トレーに置いたとたんに、ゆっくりとはがれた。中から具が、薄桃色の舌のようにのぞいている。

「あ」

七海は指でつまんで押さえた。押さえているあいだは閉じている。離すと、また開く。

「ほら」

と千景は言った。

「ほら、って何」
「入れすぎだから」
「入れすぎじゃない」

七海は口を開けた餃子を、トレーとは別の小皿へ移した。小皿の上で、餃子は笑っているように見えた。

五個目も開いた。七個目も開いた。九個目はいったん閉じて、千景が二列目を並べ終えたころに、ぱかりと開いた。

「具、水っぽくない?」

と七海が言った。

「キャベツ、ちゃんと絞った?」

千景は手を止めた。

「絞った。布巾二枚で。二回」
「じゃあ、なんで開くの」
「入れすぎだから」
「家ではこんなに開かないんだけど」

千景は顔を上げた。

「家?」
「家で包んでるの。週一くらい。土曜の夜に三十個作って、冷凍して、平日の夜に八個ずつ焼く」
「知らなかった」
「聞かれなかったし」

七海は肩をすくめ、次の皮を取った。それから、手のひらの上で皮をひらひらさせた。

「ていうか、今日の皮、ちっちゃくない?」
「同じでしょ」
「なんか、手のひらからはみ出さない」
「七海の手が大きくなったんじゃないの」
「三十三で手は大きくならないよ」

千景は自分の皮を見た。手のひらからはみ出している。七海の手のひらの皮は、たしかに、はみ出していない。でも七海は千景より手が大きい。昔からそうだった。それで千景は、そのことをそれ以上考えなかった。

しばらく、二人とも黙って包んだ。台所には、皮の袋をめくる音と、スプーンがボウルの縁に当たる音だけがした。

「お姉ちゃんのそれ、ひだ五つって決めてるの?」

と七海が聞いた。

「決めてる」
「なんで五つ」
「五つがいちばんきれいに並ぶから」
「並べるために包んでるの?」
「食べるためでしょ」
「じゃあ、並ばなくてもいいじゃん」

千景は答えずに、三列目の六個目を置いた。並ばなくてもいい、とは思えなかった。並んでいる餃子を見ると、今日がちゃんと進んでいる気がする。それをうまく言葉にする前に、七海の小皿の上で、また一個が口を開けた。

途中で二袋目の大判も開けた。十四時十五分、冷蔵庫の分も合わせて、千景のトレーには五列、三十個の餃子が並んでいた。七海の前には、閉じた八個と、小皿の上で口を開けた八個。

「十六個で、八個開いてる。半分」

と千景は言った。数を口にしたのは、責めるためではなかった、と千景は思う。ただ、数えずにいられなかった。

七海は答えずに、次の皮の縁に水をつけた。その指が少し強く、縁を押した。

三 皮を重ねる

圭吾が戻ってきたのは十四時二十分だった。

「ごめん。施主さん、話が長くて。キッチンの扉の色、三回変わった」
「手」
「洗う洗う」

圭吾は袖をまくって手を洗い、真ん中の席に座った。テーブルを見回して、口を開けた餃子の小皿で目を止めた。

「お、七海の。懐かしい」
「懐かしくない」

と七海が言った。

千景は、圭吾の前に布巾を置いた。

「皮、ありがと。大判の、あった?」
「うん。いつものやつ」
「いつもの?」
「いつもの。三十枚の」

千景は動きを止めた。七海の手も止まった。

テーブルの真ん中に、開いた皮の袋が置いてある。千景はそれを手に取り、初めてちゃんと表を見た。〈ぎょうざの皮 三十枚入り〉。どこにも、大判とは書いていない。レジ袋の底から、くしゃくしゃのレシートが出てきた。〈ギョウザノカワ 30マイ 220〉。

「大判って、書いたよね」
「書いてた?」

圭吾は自分のスマートフォンを出して、画面をさかのぼった。それから、少し首を引いた。

「書いてるね」
「二回書いた」
「いや、売り場に行ったら、いつものがあったから。うちっていつもこれだったじゃん、三十枚の」
「お母さんはいつも大判」

と千景は言った。

「そうだっけ」
「そう」

千景は迷わなかった。左端の自分の前にはいつも、大きくて扱いやすい皮があった。それが包む日の皮だった。

千景は自分の袋から大判を一枚取り、七海の袋から三十枚入りを一枚取って、重ねた。大判の縁が、三十枚入りの縁より、ぐるりと外にはみ出した。指一本の幅もない。けれど、そのわずかな差のぶんだけ、七海の山盛りの具は、閉じる場所を失っていた。二枚をほどいて、それぞれの袋の上へ戻した。

大きな皮と小さな皮を重ねて大きさを確かめる千景。右で妹の七海がのぞき込み、左奥の弟・圭吾はレシートを持つ。

「ほら」

と七海が言った。

「皮が小さかった」
「具も多い」

と千景は言った。

「両方だね」

と圭吾が言い、二人に同時に見られて、黙った。

「うちで買ってるの、大判だったのかも」

と七海は自分の手のひらを見ながら言った。

「袋、ちゃんと見たことなかった。大きいやつ、って覚えてただけ」

七海は大判の袋に手を伸ばした。

「一枚、いい?」

千景は袋を七海のほうへ押した。

七海は大判の皮を手のひらにのせ、さっきと同じように具を山盛りにした。スプーンの背で、もう少し足す。縁に水をつけ、半分に折りながら、親指で具を奥へ押しこむ。ひだは七つ。千景の五つより細かく、そして速い。最後に、全体を手のひらで包むようにして形を整えた。

トレーの上に置かれた餃子は、まるまると張っていた。千景の餃子が行儀のいい列なら、七海の餃子は、胸を張って座っている一個だった。口は開かなかった。一分たっても、開かなかった。

「店のみたい」

と圭吾が言った。

「店のは知らない」

と七海は言い、二個目に取りかかった。

二個目も、三個目も閉じた。千景は自分の手を止めて、七海の指を見ていた。三十年近く右端に座っていた妹の指が、こんなふうに動くことを、千景は知らなかった。知らなかったのは、見ていなかったからだ。千景はいつも、自分の列を見ていた。

「俺もやる」

と圭吾が言った。

「その前に、具」

千景はボウルをのぞいた。具は、ボウルの底のほうで薄くなっていた。七海の山盛りは、千景のスプーン一杯半ほどある。三十枚入りの皮で十六個。大判で、いま十個目。

千景は頭の中で数えた。七十五杯のうち、自分が三十杯。七海の小さい皮が十六個で、二十四杯。大判が十個で、十五杯。合わせて六十九杯。

「あと六杯くらい」
「じゃあ六個、俺」

圭吾は大判を取り、千景のスプーンで一杯ずつ包んだ。ひだは三つだったり四つだったりした。形はいびつで、片方に傾いていたけれど、口は閉じていた。六個目で、ボウルの底がゴムべらでこそげ落とされた。

十四時五十分。包み終わり。

千景のトレーに三十個。七海の小さい皮が十六個のうち、閉じた八個と開いた八個。七海の大判が十個。圭吾の大判が六個。全部で六十二個。

テーブルの端には、皮が残っていた。大判が四枚、三十枚入りが十四枚。

「七十五個の予定だったのに」

千景は段取り表の〈食べる分三十個/持ち帰り各十五個〉を見た。三十と四十五で七十五。六十二では、どちらかを削るしかない。千景が鉛筆を手に取って計算を始めようとすると、七海が言った。

「先に、焼く分から決めよう。お腹すいた」

「焼くのは俺がやるよ」

と圭吾が立ち上がった。

「遅れてきたし。それくらいは」

千景は少し迷ってから、自分のトレーの一列目と二列目、十二個を指さした。

「じゃあ、これ。形がそろってるから、焼きやすいと思う」

圭吾はフライパンに油をひき、十二個を丸く並べた。ここまではよかった。水を入れて蓋をしたところで、ポケットの中の電話が震えた。圭吾はちらりと画面を見て、片手で返事を打ちはじめた。

「圭吾」
「うん、うん」
「水の音、もうしてない」
「うん、あと一行」

千景がコンロの火を止めたとき、台所にはかすかに焦げた匂いがしていた。七海が窓を開けた。

圭吾がフライ返しを差しこむと、餃子は底でフライパンにしがみついていた。皿へ移すあいだに、三個の皮が破れた。具が、皿の上にこぼれた。

「……割れた」
「スマホ見ながら焼かないで」

千景の声は、自分で思ったより低かった。

「ごめん」

圭吾は電話をポケットにしまった。今度はちゃんと、画面を伏せて。

中心までの加熱を温度計と時間で確かめ直し、足りない分を蓋をして温めてから、七海は破れた三個を食べる箸でつまみ、こぼれた具を皮の上に戻した。

「食べられるよ。焦げてるのは底だけ」

それから、圭吾のほうを向いた。

「圭兄は、洗い物。最後まで。途中で電話に出たら、ビール一本ずつ減らす」
「俺、飲まないんだけど」
「持って帰る分から減らす」
「六本しかないんだけど」
「じゃあ、六回まで」

圭吾は笑わなかった。うなずいて、流しの前に立った。

四 羽根で閉じる

フライパンは、圭吾が洗った。焦げつきが落ちるまで、たわしで三回こすった。

次に焼くのは、口を開けた八個と、圭吾の傾いた六個。ほかの三十六個は、冷やしたトレーで待っている。千景はそれを、二つの皿に分けて置いた。

「開いたの、どうする」

と七海が言った。

「水餃子にする?」
「スープに具が逃げる」
「じゃあ、閉じなおす?」

七海が指で押さえてみせる。離すと、また開く。

千景はコンロの前に立った。包む日に、焼く場所に立つのは初めてだった。実家ではそこは母の場所で、千景は左端の椅子から、母の背中しか見ていなかった。いや、背中もろくに見ていなかったかもしれない。

フライパンに油をひく。千景は、口を開けた八個を真ん中に集めて、開いた口がフライパンに触れるよう、上下を返して並べた。その周りを、圭吾の六個がぐるりと囲む。それから、小さなボウルに小麦粉を小さじに一杯ほど入れて、水で溶いた。

「何それ」
「羽根」
「羽根で、閉じるの?」
「わかんない。やってみる」

火をつけて、餃子の焼ける面が少し色づいたところで、溶いた粉の水を回し入れた。じゅっ、と音が立ち、湯気が一気に上がった。千景は蓋をした。蓋の向こうで、ぱちぱちと小さく水がはねる音がする。七海が千景の隣に立ち、圭吾が流しから首だけ伸ばした。

中心の温度と加熱時間を確かめてから蓋を取り、少し火を強めた。フライパンの底で、白く濁っていた粉の水が、だんだん薄い膜になり、縁から茶色く色づいていく。千景はその色を見ていた。焼き色が縁から真ん中へ寄ってくるのを見るのは、ひだを並べるのとは違う種類の、静かな気持ちだった。

「いま」

と七海が言った。

千景はフライパンに大きな皿をかぶせ、手首を返した。

皿の上に、一枚の丸い羽根が広がっていた。茶色いレースのような膜が、十四個の餃子をひとつにつないでいる。真ん中の八個は、開いた口のところに羽根がかぶさって、ぴたりとふさがっていた。

千景が布で支える皿に、中央八個と外側六個をつなぐ羽根つき餃子。七海がのぞき込み、圭吾は奥の流しで洗い物をする。

「閉じてる」

と圭吾が言った。

「閉じてるね」

と七海が言った。

千景は、何も言わなかった。言わなくても、口の端が上がっているのが自分でわかった。

十五時半。最初の十二個と、羽根の十四個で、二十六個。三人で食べた。圭吾の焦がした十二個は、底が苦かったけれど、千景のひだはちゃんと残っていた。破れた三個は、七海が食べた。羽根の真ん中の、口を開けていたはずの一個を、千景は箸で取った。羽根ごとかじると、中から熱い汁があふれて、千景は慌てて手で口を押さえた。

「しょうが」

と千景は言った。

「わかる?」
「わかる。半分の半分」

七海は満足そうに、羽根の端をぱりぱりと割った。

千景と七海は、圭吾のビールを一本ずつ開けた。圭吾は麦茶を飲みながら、洗い物の続きをした。途中で一度だけ電話が鳴り、圭吾は画面を見て、出なかった。七海はそれを見て、何も言わずに、余った三十枚入りの皮を六枚、千景の冷蔵庫のスライスチーズと一緒にトースターへ入れた。焼けたものを、圭吾の前にだけ二枚多く置いた。

そのあいだ、残りの三十六個は、トレーのまま冷凍庫に入っていた。千景の十八個、七海の小さい皮の閉じた八個、七海の大判の十個。七海が言いだしたことだった。

「袋に入れる前に、ちょっと固めといたほうが、うちではくっつかないから」

それも、家で週一包んでいる人のやり方だった。千景は圭吾にも、予備の小さい保冷バッグを貸すことにした。

食べながら、千景は母に写真を送った。湯気の向こうの羽根つきの皿と、焼く前にトレーに並んでいた三十個の写真。

十六時半。冷凍庫からトレーを出して、持ち帰りを分けた。

千景が鉛筆を持ち、段取り表の裏に書きはじめようとする前に、七海が言った。

「私、この大判の十個でいい」
「十個? 十二個ずつにしようと思ってたのに」
「数より重さ。一個で満足したいの。帰ってきて焼く数が少ないほうが楽」

七海は、自分の大判の十個を袋に入れ、油性ペンで〈七海〉と書いた。

「うちは三人だから、多めにほしいんだけど」

と圭吾が言った。

「湊、千景姉ちゃんの餃子好きだし」
「形が好きなだけでしょ」
「形が好きなんだよ。並んでるのが」

千景は自分のトレーから十二個を数え、圭吾の袋に入れた。〈圭吾〉。

残ったのは、千景の六個と、七海の小さい皮の閉じた八個だった。

七海がそれを見て、少し眉を寄せた。

「それ、私のでいいの? お姉ちゃん、形が悪いの嫌いでしょ」
「焼き方、わかったから」

と千景は言った。

「口が開いたら、羽根」

七海は少し黙って、それから〈千景〉と書いた袋を千景に渡した。十四個。千景の六個と、七海の八個。千景はすぐ冷凍庫へ戻した。二人の分も保冷剤と一緒に保冷バッグへ収め、帰り支度が済むまで口を閉じておいた。

材料費は三等分にした。千景のレシートが二千八百四十円、圭吾の皮が二百二十円。合わせて三千六十円で、ひとり千二十円。

「ビールも入れていい?」

と圭吾が言った。

「ビールは材料じゃない」
「飲んだじゃん、二人とも」
「一本ずつね。それは差し入れにしといて」

七海は千二十円をきっちり出した。圭吾は、皮の二百二十円を引いた八百円を出した。千景の財布に、千八百二十円が入った。

残った皮は、大判が四枚と、三十枚入りが八枚。十二枚をラップで包んで、千景の冷蔵庫にしまった。

「明日、スープにでも入れる」
「具なしで?」
「具なしで」

洗い終わった皿を拭いているとき、千景のスマートフォンが鳴った。母からの返事だった。

〈羽根つき、なつかしいねえ〉
〈七海のは昔から口が開くから、お母さんいつも羽根で閉じてたのよ〉

千景は画面を見つめた。続けてもう一通。

〈それと、うちは大判なんて買ったことないよ。いつもスーパーの三十枚入り〉
〈大判は、千景が高校のとき自分で買ってきてからね。千景の分だけ〉

千景が黙っているので、七海が画面をのぞきこんだ。圭吾も、濡れた手のまま首を伸ばした。

「ほら」

と圭吾が言った。

「三十枚の、って言ったじゃん」
「言ってた」

と七海が言って、笑いだした。

「お姉ちゃんの伝統、お姉ちゃんが始めたやつじゃん」

千景は思い出そうとした。高校二年の冬だったかもしれない。三十枚入りの皮は千景の手には小さくて、ひだが五つきれいに入らなかった。それで駅前のスーパーで大判を見つけて、自分のお小遣いで買った。左端の自分の前に、自分の袋を置いた。それから先、千景の前にはいつも大判があり、右端の七海の前には、いつも三十枚入りがあった。七海が山盛りにすれば、口は開いた。開いた餃子は母が焼いた。千景は、母の背中も、フライパンの羽根も、見ていなかった。自分の列を見ていたからだ。

「……ごめん」

と千景は言った。誰に向けてなのか、自分でもよくわからなかった。

「何が」

と七海が言った。

「口が開くの、ずっと七海のせいだと思ってた」
「半分は私のせいだよ。入れすぎだもん」

七海はあっさり言った。

「でも、入れすぎが好きなの。それは変えない」
「変えなくていい」
「知ってる」

帰り支度をしているあいだに、千景は冷蔵庫の段取り表をはがし、新しい紙を貼った。

〈来年の包む日〉
〈皮は二種類。大判と、三十枚入り〉
〈圭吾は買う前に袋の写真を送る〉
〈電話は外で。洗い物は最後まで〉
〈口が開いたら、羽根〉

七海が油性ペンを取って、いちばん下に一行足した。

〈具の量は、人による〉

圭吾もペンを取ろうとしたが、七海に取り上げられた。

「圭兄は書かなくていい。写真送るのだけ覚えて」
「覚えたって」
「了解、って返すだけじゃだめだからね」

十七時。二人は玄関で靴を履いた。七海の保冷バッグには、保冷剤が四つと、〈七海〉の袋がひとつ。圭吾の手には、残りの保冷剤二つで〈圭吾〉の袋を挟んだ小さな保冷バッグと、二本減ったビールの箱。

「来年、焼くのはお姉ちゃんね」

と七海が言った。

「来年も、包むのは右端ね」

と千景は言った。

「真ん中は?」

と圭吾が言い、二人が同時に言った。

「洗い物」

ドアが閉まった。千景は台所に戻って、乾いたフライパンをコンロの上に置いた。冷凍庫を開けると、〈千景〉の袋の中で、行儀のいい六個と、まるまる太った八個が、いっしょに固まっていた。

来週の土曜に、焼こう。羽根の粉は、小さじに一杯。千景は新しい段取り表の空いたところに、それを書き足しそうになって、やめた。それは、覚えていればいい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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