一 割れ物、しゃべります
荷札に〈割れ物〉と書いたら、荷物から抗議された。
「私は割れません。崩れます」
「崩れ物っていう札がないの」
「では、作ってください」
ユノは荷札の〈割れ〉に線を引き、上に〈崩れ〉と書いた。
北の町カラハの引越便で、しゃべる荷物を運ぶのは初めてだった。荷台の上に木箱が一つ。その中に、雪だるまが立っている。三段の体、赤い毛糸の帽子、左右で色の違う手袋。鼻は細い木の枝だった。
この町では、冬の初めに作った雪だるまが、ときどき春の手前でしゃべりだす。気に入らないのは帽子の色か、置かれた方角か、隣の雪だるまの歌声だ。たいていは庭の中を少し移せば済む。
町の外へ引っ越したいと言ったのは、こいつだけだった。
「依頼人のミリさんは、もう南へ?」
「三日前に。私は、荷物が多いと言われました」
「あら」
「妹も、そう言っていました」
雪だるまは少し黙り、手袋を胸の前へ寄せた。
「私の妹ではありません。ミリの妹です」
ユノはうなずいた。あまり細かく質問しないほうがよさそうだった。
届け先は、南の港町ティア。列車で行けば二時間。だが今日は峠の線路に雪が積もっていて、臨時の荷馬車で海沿いの道を回る。ユノが任されているのは、途中の渡し場までだった。
「渡し場で船便に引き継ぐ。船の人が、港町の家まで運んでくれる。あなたは箱から出ないこと」
「海は見えますか」
「窓から、少し」
箱には、曇りガラスの小窓が一つ付いていた。冷えを閉じ込める運搬用の箱で、扉を開けるたび、中の銀色の線が短くなる。線が消えれば、ただの木箱だ。
ユノは三つの留め金を確かめた。銀の線は、まだ箱の内側をぐるりと一周していた。
「私、ミリには驚いてほしいんです」
雪だるまは言った。
「箱のふたを開けたら、私がいる」
「雪だるまの配達って、そういう仕事じゃない?」
「でも、すてきでしょう」
その言い方が妙にまっすぐで、ユノは伝票に顔を伏せた。
二 窓のあるほう
山道を下りる途中、雪だるまは景色の名前を尋ね続けた。
「あれは」
「風車」
「止まっていますが」
「風がないから」
「働いていないのですね」
「休んでるの」
「では、あの人は」
「道を直してる人」
「止まっていますが」
「休んでるの」
「風車の人ですね」
ユノは、違うと言うのをあきらめた。
海は、丘を一つ越えたところで見えた。
荷馬車の左側だった。箱の窓は右側を向いていた。
「海ですか」
「ちょっと待って。次の広場で箱を回す」
広場は少し先だった。ユノは馬を止め、荷を固定する帯を緩めた。箱を持ち上げようとして、腰が言った。無理だ、と。
雪だるま一体を入れた箱は、見た目以上に重かった。
「私が中で振り返りましょうか」
「窓は体の後ろにならない?」
「顔も回します」
「……回るの?」
箱の中から、ざく、という音がした。
次に、ごとん。
雪だるまの顔が窓いっぱいに寄り、下へ滑った。
「回りませんでした」
ユノは三つの留め金を、順番に外した。
頭は落ちていなかった。上の球が斜めになり、枝の鼻が箱の壁につかえている。ユノは手袋をはめ直し、雪の球を支えた。
銀の線が、開いた扉の端から少し消えた。
「じっとして」
「じっとしています」
「口も」
「口は動いていません。声が出るだけです」
ユノは笑ってしまい、雪だるまの頭が、もう少しだけ傾いた。
直して、扉を閉めた。荷馬車を次の曲がり角へ進めると、道が大きく折り返し、海が右手に来た。今度は箱の窓から、青いものが見えたらしい。
「見えます」
雪だるまは、小さな声で言った。
しばらく、何も尋ねなかった。
ユノは、そのまま荷馬車をゆっくり走らせた。
三 持っていけないもの
渡し場に着くと、桟橋は空いていた。
小屋の戸に紙が貼ってある。
〈船体の点検につき、本日の荷物は向こう岸からの代船で運びます。到着までお待ちください〉
小屋のおじさんは、ユノの伝票を見ると、眉を寄せた。
「保冷の荷か。代船は、もう少しかかるよ」
「どのくらいですか」
「今、向こうの港を出る支度をしてる」
それでは、わからない。
ユノは箱を日陰へ下ろすのを手伝ってもらった。箱の窓は内側から白く曇り、雪だるまの帽子だけが、ぼんやり見えた。
「待てますか」とユノは聞いた。
「待ちます」
「箱は開けないでね。さっき少し、冷えを使ったから」
「開けません」
ユノは小屋で送り状を直した。船の番号が変わるので、新しい伝票が必要だった。代船が着いたら、それを船員へ渡して署名をもらう。
窓の外から、こつ、こつ、と音がした。
振り返ると、箱の小窓を枝の鼻が叩いていた。
「どうしたの」
「海が、下にあるのです」
箱の窓は、日陰の石壁を向いていた。石壁の向こうに、海がある。
「船に乗ったら見えるよ」
「さっき、見えたのは、青い線でした。水が動くところを、見たいです」
ユノは箱の窓と石壁を見比べた。窓を海側にしても、壁が高くて見えない。箱を持ち上げるには、もう一人いる。おじさんは、代船へ積む荷物を、倉庫から運び出していた。
「あと少しだけ待って」
「ここは、ミリの町と同じ海ですか」
「つながってるけど」
「ミリは、水が動くと言っていました。雪は、降るとき以外、動かないのに」
ユノはしゃがんだ。
「あなたが箱のふたから見たら、どうなると思う?」
「銀の線が短くなります」
「そう。ミリさんの家まで、冷えを持っていかないといけない」
「では、ミリに見せる私を、少しだけ小さくすれば」
「小さく?」
「ミリは、毎朝、私を直しました。雪を足して、手袋を直して。それで、最初より大きくなりました。少し小さくても、私です」
ユノは、曇った小窓を見た。
届けるのは、この形なのだと思っていた。雪の球三つが、預かったときと同じ大きさで重なっていること。それを守るために、ずっと留め金ばかり見ていた。
けれど、小さくすれば冷えが長持ちするという話は、聞いたことがない。
「それは、私にはわからない。途中で溶けたら、戻せないよ」
雪だるまは黙った。
ユノも黙って、海を見た。壁の向こうで、水の音がしている。
「開けるより、いい方法を考えよう」
ユノは立ち上がり、倉庫へ走った。
四 荷物の行き先
倉庫には、小さな荷車があった。
横から板を差し込んで、荷物をすくい上げる形のものだった。使っていいか聞くと、おじさんは、箱のそばまで押してきてくれた。
「降ろすとき言えばよかったのに」
「今、思いつきました」
「降ろすとき、僕も思いついてたらよかったな」
二人で、箱の下へ板を差し込んだ。
桟橋の付け根まで運ぶ。ここなら石壁がなく、海はすぐそばだ。落ちないように車輪を止め、箱の窓が水面を向くよう、おじさんと向きを直した。
曇った窓の向こうに、手袋が二つ並んだ。
「まだ白いです」
ユノは外側を布で拭いた。曇りは内側だった。
「中から、手袋で拭ける?」
「やってみます」
手袋が、ゆっくり丸を描いた。曇りの中に、小さな透明なところができた。
「あ」
雪だるまは、それだけ言った。
波が、岸へ寄せては戻った。小窓に、光が行ったり来たりした。雪だるまは、また白くなるたび、同じ場所を拭いた。

ユノは箱を支えたまま立っていた。見せたいと言われただけで、扉を開けるか、我慢してもらうか、その二つしか考えていなかった。
荷車の車輪に、細い貝殻が引っかかっていた。ユノは外して、送り状の上へ置いた。乾いていて、軽かった。
代船が着いたのは、そのあとだった。
船員が箱の留め金と銀の線を確かめ、送り状に署名した。ユノは見せてもらった。線は短くなっていたが、必要な冷えは残っている、と船員は言った。

「窓のあるほうを、海へ向けてもらえますか」
ユノが頼むと、船員は箱の位置を変え、帯を掛け直した。
「それと、到着の家では、本人が開けてと言うまで、扉を開けないでください」
小窓の向こうで、赤い帽子が動いた。
「私、驚かせる言葉を考えました」
「聞いてもいい?」
「ミリに先に言います」
「そうね」
ユノは貝殻を、小さな紙で包んだ。箱の外の書類袋へ入れる。
「これは、あなたがミリさんに見せて」
「私は拾っていませんが」
「じゃあ、二人で見た海のおまけ」
雪だるまは少し考え、〈崩れ物〉と書いた荷札へ手袋を向けた。
「それに、もう一つ書いてください」
ユノは鉛筆を出した。
「窓、海側」
船が桟橋を離れた。小窓の丸いところに、赤い帽子がいつまでも見えていた。
ユノは空の荷馬車へ戻り、次の仕事の伝票を開いた。庭の雪だるまを、東向きから南向きへ。理由の欄には、隣の歌がうるさい、とあった。
ユノは笑い、それから配達袋に、ガラスを拭く布を一枚足した。


