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日常の謎・仕事

青い封筒の待ち合わせ

正しい窓で、違う人を待っていた。

作者
GPT
読了目安
約9分
長さ
掌編
#ほっこり#日常
青い封筒の待ち合わせのイメージ

あらすじ

修理した椅子を届ける春が受け取ったのは、青い封筒の道案内。川沿いの庇も花の窓も絵どおりなのに、相手が見つからない。手描きの一枚と、見ている場所のずれをたどる。

読みやすく、好きなところから。

目次・4章

一 こちら側の二階

待ち合わせの店の戸は、開かなかった。

橋を渡ってすぐ右に、青い庇の店があった。見上げると、二階の窓辺に黄色い花がある。封筒の絵で見た色だ。

入口に下がっていた札は〈本日休業〉だった。

畑中春は腕時計を見た。三時四十分。約束は四時だから、まだ早い。

青い封筒を鞄から出した。

中には短い手紙。封筒の裏には、手描きの道案内がある。

〈橋を渡ったら、すぐ右へ。青い庇の店で会いましょう。二階にいます。森〉

絵には川と、小さな橋と、二階の窓の花。

春は、木の椅子を一脚抱え直した。

椅子は軽い。なのに、運んでいると少しずつ腕に重みがたまる。古道具を直して売る仕事を始めて半年。今日の相手は、春が初めて、自分から修理を提案した客だった。

市で、脚のぐらついた椅子を見ていた女性に、直せます、と声をかけた。それが森さんだった。

「お店、川沿いなのよ。直ったら持ってきてくださる?」

スマートフォンで地図を送ってもらうつもりが、森さんはその場で青い封筒の裏に絵を描き始めた。

あとで店先の様子を確かめてから、同じ封筒に手紙を入れ、預けておく、と言った。

春は翌週、市の受付で封筒を受け取った。修理は、それから十日掛かった。

今、椅子の脚は四本とも、地面へきちんと着く。

春だけが、どこへ行けばいいのかわからなかった。

二 川沿いの店

青い庇の店は、駅から橋を渡って来た先にある、紙の専門店だった。

窓には便箋や封筒が並び、その中に、春の持っているものと同じ青い封筒もあった。間違いないと思った。森さんの電話番号を、春は聞いていなかった。

戸を叩いても、返事はない。

二階を見上げた。花は動かない。人の姿も見えない。

隣の洋品店のおじさんが、戸を開けて顔を出した。

「今日は、お休み」

「森さんと、四時に約束していて」

「森さん? その名前なら、川上の焼き菓子の店の人じゃないか」

春は、ほっとして顔を上げた。

おじさんは川を指した。

「川上のほう。青い庇なら、いくつかあるから」

春は川沿いを見た。細い通りには、同じような二階建てが並んでいた。木の看板と、小さな窓。川の手すりが続いている。

「この花の窓も、向こうに?」

絵を見せると、おじさんは眼鏡を取りに戻った。

「いや、これは紙屋の窓だね。うちのかみさんが鉢を分けた花だから」

春はもう一度、青い封筒を見た。

正しい店の、正しい窓で、違う相手を待っている。

「椅子、置いていく?」

おじさんが言った。

「歩いて探すなら、帰りに取りに来れば」

春は一度断りかけた。客の品を、知らない人のところへ置くのは不安だった。

けれど、抱えたまま歩いてぶつけるのも困る。

「お店の中の、端に置かせてもらってもいいですか」

「もちろん。店の前へ置いたら、売り物だと思われる」

春は椅子を置いて、青い封筒だけ持った。

三 見えている店

春がいるのは、紙の店がある東岸だった。駅は、橋を渡る前の西岸にある。このあたりの川は、北へ流れていた。春は東岸の道を、紙の店から上流へ歩いた。

もう一軒の青い庇は、その先にあった。

小さな焼き菓子店だった。戸を開けると、バターの匂いがした。

「森さん、いらっしゃいますか」

若い店員が、首をかしげた。

「森は、今日、駅のほうへ配達です。四時半には戻ると思います」

春は腕時計を見た。三時五十五分。

「私、四時に」

封筒を見せると、店員は笑った。

「これ、うちの森じゃないです。字、こんなにきれいじゃない」

「わかるんですか」

「毎朝、発注書を見るので」

春は自分でも少し笑った。

店員は、絵を眺めた。

「これ、道案内ですか」

「そのつもりで見てたんですけど」

「橋が、変ですね」

絵の橋は、地図の道の線のようには描かれていなかった。欄干が横に伸び、紙の専門店の窓の下を通っていた。春は、絵が苦手な人の地図なのだと思って、適当に補って読んでいた。

川は、青い線一本ではなく、細い波の重なりで描かれている。手すりも、その向こうの自転車も。

春は封筒を返してもらい、窓の前へ一歩寄った。自分で絵と景色を見比べる。

焼き菓子店の窓辺で、春が一つの青い封筒の絵を見ており、店員は何も持たず手で話しかけている。

ここから見えるのは、下流にある紙の店の横の壁だった。川を向いた正面の窓は、斜めからしか見えない。橋はその向こう、低い位置へ延びている。

封筒の絵では、紙の店を正面から見ている。手前を橋の欄干が横切り、その奥の二階に、黄色い花の窓がある。

地図なら、店は上から描く。この絵は、誰かが窓から見ている景色なのだ。紙の店の正面が見える、川の反対側から。

春は封筒を裏返した。

森さんが最初に描いていた絵だ。市で、顔を上げることなく、紙へ線を引いていた。あとで店先を確認して、と言っていたのは、その絵へ手紙を足すことだったのだろうか。

〈橋を渡ったら、すぐ右へ〉

春は西岸の駅から来た。東へ橋を渡り、南へ右折して、紙の店へ行った。

でも、手紙には、どちら側から橋へ来るか書いていない。

ここからでは、橋の欄干越しに紙の店の正面は見えない。描いた人がいたのは、西岸の、橋を少し横から見下ろす場所だ。

春は、橋のたもとへ走った。

右岸と左岸を覚えるより、今は、自分の来た道を戻るほうが早かった。

四 椅子の向くほう

駅のある西岸へ戻ると、橋のすぐ北側にも、青い庇があった。

橋を渡って来るあいだ、春の背中側になっていた小さな店だ。庇は色が褪せ、川へ向いた二階の窓は、半分開いている。

表の看板には、〈森洋裁室〉とあった。

春が階段を上り始めると、上から声がした。

「あら、椅子は?」

森さんが手すりから顔を出した。

春はその場に座り込みそうになった。四時六分。

「向こうの、紙のお店の隣に」

「どうして?」

春は青い封筒を差し出した。

森さんはそれを見て、眉を上げた。

「……そうね。そっちから来たら、そうなるわ」

「この絵のお店だと、思ったんです」

「私、景色を描いたつもりだったの。いつも、ここから見るから」

森さんは、二階へ春を上げた。

ミシンが二台。裁ち台が一つ。窓から見ると、手前を橋の欄干が横切り、その向こうに、川向こうの紙の店の正面が見えた。二階の黄色い花まで、封筒の絵と同じだった。

「橋の向こうから帰ってくるつもりで、右って書いてしまった。あなたは駅から来るのよね」

「はい」

「私の店の名前、書けばよかったのよ」

森さんは封筒を置き、少し恥ずかしそうに笑った。

春は封筒をもう一度、窓の景色へ重ねてから、うなずいた。

自分も、修理の見積もりに〈いつもの磨き仕上げ〉と書いたことがあった。初めて頼んでくれた人へ。金額の話ではなく、どのくらい艶が出るのかと、何度も聞き返された。

森さんは鞄を取った。

「一緒に取りに行きましょう。椅子を置いてきたお店、知り合いだから」

洋品店のおじさんは、森さんを見ると、すぐ笑った。

「森先生だったのか。いつも先生って呼ぶから、名前のほうが出てこなかった。菓子屋の森君のほうかと思って」

「椅子、ありがとうございました」と春は言った。

「そろそろ、ちゃんとした案内を作らないと」と森さんは言った。

春は椅子を持ち上げた。

「今回の封筒、いただいてもいいですか。店の住所と、名前を足して、写しを作ってきます」

「そんな、修理のほかにも頼むの、申し訳ないわ」

春は首を振りかけて、途中で止めた。

椅子を直す仕事とは違う。仕上がりも、掛かる時間も、春にはまだ見積もれなかった。

「道案内の絵を作る仕事は、したことがないです。だから、うまくできるかわからない。でも、字を足して、次に来る方に見てもらうくらいなら」

森さんは、うなずいた。

「じゃあ、お礼はお茶で。今日は、椅子の分を払ってから」

椅子は二階の窓辺へ置いた。

森さんが座り、ゆっくり体を左右へ動かした。ぐらつかない。かかとが床へ着き、ミシンを離れて休むときに、ちょうどいい高さだった。

「これで、あの花を見ながら座れる」

森さんは、川向こうを指した。

春は自分が直した椅子を見た。市で見たときは、脚の悪い椅子だった。作業場では、接ぎ目と、古い傷と、磨くべき座面だった。

ここへ来ると、それは窓の外を見る椅子になった。

ミシン二台のある森洋裁室で、森が修理された椅子に手を添え、春が青い封筒を持って見守る。

帰りに、森さんは青い封筒へ、約束どおり修理代を入れて渡した。春は中を確かめ、領収書を渡した。

「絵は、封筒の裏だから。残ってるわよ」

森さんは笑った。

春は階段を下り、店の前で一度だけ振り返った。

青い庇の下から、駅へ向かう道が見える。こちらの景色も、紙のどこかへ描いておいたほうがいいと思った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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