一 まっすぐな三十枚
三十枚の栞を並べると、一枚だけ、短かった。
成美はその一枚を抜き、もう一度、紙の端を揃えた。今度は別の一枚が長く見えた。
実際には、どれも少しずつ違う。
会社で作る案内状は、印刷会社へ頼めば、同じ大きさで届く。自分で切り、角を落とし、穴を開けて紐を通すと、十枚作っても、十枚とも同じにはならなかった。
「そんなに、ぴったりじゃなくていいんじゃない」
向かいの席の姉が言った。
姉は布の袋を作っている。縫い目は、まっすぐだった。
「ぴったりできる人が、それ言わないで」
成美が言うと、姉は袋を裏返した。内側の縫い目が、一か所だけ小さく曲がっていた。
「ここ」
「そこは見えないでしょう」
「あなたの栞も、並べて比べなければ、わからない」
成美は、短い一枚を戻した。
今日は地区の手作り市だった。姉の出店用テーブルを半分借りて、初めて自分のものを売る。
厚手の紙に、窓の絵を刷った栞。青い窓、緑の窓、茶色の窓。それぞれ十枚。裏は無地で、一枚百円。
消しゴムを彫って作った版だから、窓枠の線も少しずつかすれる。
〈小さな窓のしおり〉
成美は手書きの札を立て、三十枚を扇形に広げた。短い一枚は、真ん中に置いた。
二 本に入りますか
開場してすぐ、姉の布袋が二つ売れた。
成美の栞は、三人が手に取って戻した。
「本に入りますか」
四人目の女性が聞いた。
成美は返事に困った。
「栞なので、入ります」
女性は、鞄から小さな文庫本を出した。
「長いの、上から出るでしょう。それが折れるのが、苦手で」
成美は一枚を差し出しかけた。売り物に挟んで折り癖が付くのが、一瞬、嫌だった。
姉は隣で、布袋の中へ、客の水筒を入れてもらっている。
成美は、いちばん短い栞を取った。
「これ、試してもらってもいいですか」
女性は本へ挟み、閉じた。紙の先は、表紙の内側に収まった。
「紐だけ、出るのね」
本を鞄へ入れ、また出して開く。栞はちゃんと、挟んだところにあった。
成美は、三十枚のうち、二十九枚を見た。
「ほかも、少しずつ違うんです。これは、いちばん短いです」
女性は、その一枚を買った。

最初の百円玉を、成美は姉の釣銭とは別の、小さな缶へ入れた。硬貨は底で、思ったより大きく鳴った。
それから、誰も来なくなった。
成美は、自分の鞄から文庫本を出した。栞は、まだ挟んでいない。書店でもらった細いレシートを使っていた。
自分の作ったものを使おうと思い、机へ並べた栞へ手を伸ばした。
青い窓か、緑の窓か。
どちらも、売れたらいいと思った。
手を引っ込めると、姉が言った。
「自分で使う分まで、売れ残りを待つの?」
成美は青い窓の一枚を取り、文庫本へ挟んだ。
上から少しだけ紙が出た。
「長かった」
「切ればいいよ」
「絵が切れちゃう」
「じゃあ、次は絵の位置を変える」
成美は本を閉じた。青い窓の上に描いた細い枝が、表紙から顔を出していた。
三 百円の裏側
昼すぎ、小学生くらいの男の子が、栞をじっと見ていた。
姉のテーブルへ来た家族の子だった。母親が袋を選ぶあいだ、男の子は三色を順番に見比べた。
「これ、裏に名前書ける?」
「書けるよ」
「油のペン?」
「鉛筆でも。何か書いてみる?」
言ってから、成美は手を止めた。
三十枚のうち、一枚は売れた。一枚は、自分の本の中にある。残りを、全部きれいなまま売りたかった。
けれど、書けると説明するだけでは、どのくらいの大きさで書けるのかも、消したらどうなるのかも、わからない。
成美は緑の窓を一枚取り、裏へ鉛筆で〈ためしがき〉と書いた。
「これで試そう」
男の子は〈ひろと〉と書き、その下へ小さく〈上〉と書いた。
「上?」
「上巻。お兄ちゃんも同じシリーズを読んでて、どっちのかわからなくなるから」
成美は、表の窓を見せた。
「色を変えたら、区別できるかも」
「僕は茶色がいい。お兄ちゃんのは、お兄ちゃんが選ぶから」
男の子は母親から百円玉を受け取り、茶色の栞を買った。
成美は試し書きの栞を、売り物とは別に置いた。
〈ひろと〉の字を消そうとして、やめた。本人に確かめると、そこへ残っていてもいいと言った。
〈鉛筆で書けます〉
成美はその横へ、小さな札を足した。
姉が袋を一つ、客へ渡した。作り方を尋ねられ、姉は、最初の一個は裏と表を逆に縫った、と話していた。
成美は自分の文庫本を開いた。
青い窓の先が、少しだけ曲がっていた。
それでも、続きを読める場所は、すぐにわかった。
四 売らない一枚
閉場の少し前、年配の男性が来た。
栞を一枚ずつ見て、紙の厚さを指で確かめた。
「水彩?」
「スタンプです。自分で版を彫りました」
「同じ絵で、違うんだね」
成美は、うなずいた。
それは長さだけの話ではなかった。インクを付ける量、紙へ押す力。窓枠が欠けた一枚もあれば、しっかり出た一枚もある。
「きれいに出ているのは、こちらです」
成美は、茶色の一枚を指した。
男性は、それを買った。少しかすれたものを選んで、励ましてくれるわけではなかった。
百円玉が、缶へ入った。
成美はふたを閉める前に、三枚の硬貨を指で揃えた。
三枚売れた。
自分の本へ一枚、試し書きへ一枚。残った二十五枚を、色ごとに重ねて箱へ戻した。
「初売上、何に使う?」と姉が聞いた。
「インクかな」
「次も作るの?」
「文庫に入る長さのを。それと、裏に名前の枠を刷ろうかな」
「何文字ぶん?」
成美は、試し書きの〈ひろと〉を見た。その下には〈上〉もある。
「……何も刷らないほうが、好きな大きさで書けるか」
成美は笑った。
余計に何かを付けようとしていた。今日教えてもらったばかりのことを、すぐに作品へ取り込みたくなっていた。
片付けの途中、男の子の家族がもう一度通りかかった。
男の子は茶色の栞を持ち上げた。
裏に、〈ひろと・上〉と書いてあった。母親のペンを借りて、その場で書いたのだという。
「まだ本に挟んでないけど」
男の子はそう言って笑い、先に歩いていった。

帰りのバスで、成美は文庫本を開いた。
青い窓は、あの頁で待っていた。
成美は栞を抜いて、裏へ今日の日付を書いた。売れた枚数も、書こうと思えば書けた。けれどそれは、缶の中の三百円を見れば、ちゃんと思い出せる。
本を読み、停留所の名前が聞こえる少し前に、栞を挟んだ。
上から出る先は、もう曲がっている。明日からは、鞄の外側の小さなポケットへ、この本を入れようと思った。


