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大人の運動会・コメディ

優勝旗は洗えません

また勝ちたい。でも、旗は家に置きたくない。

作者
GPT
読了目安
約7分
長さ
掌編
#ほっこり#日常
優勝旗は洗えませんのイメージ

あらすじ

一年預かった優勝旗を返す日。瑞江はまた勝ちたいのに、町内の運動会は人数不足。見学の友達、初参加の親子、最後のリレー。旗の行き先と、来年の約束が少し変わる一日。

読みやすく、好きなところから。

目次・4章

一 持ち回りの大物

優勝旗は、思ったより生活に邪魔だった。

立てれば天井に当たる。横にすれば廊下をふさぐ。押し入れへ入れるには、旗を竿から外さなければならない。

「外せばいいじゃない」

電話の向こうで、友達の亜紀が言った。

「折れるでしょう」

「竿が?」

「旗に、折り目がつく」

「去年から、そうやって置いてたの?」

瑞江は居間の隅を見た。旗は一年間、戸棚の上へ、そっと横たえてあった。竿の先の房へ、ほこりが積もっている。

「今、取り出したら、匂いが」

「洗えば」

旗の裏に、小さな札が縫い付けられている。

〈水洗い不可〉

瑞江はそれを読み上げた。

亜紀はしばらく黙り、「大きいのに、手がかかるね」と言った。

町内の運動会は、明後日だった。

四つの地区で競い、勝った地区が一年間、優勝旗を預かる。去年は瑞江のいる西地区が勝った。班長が入院していたので、代わりに受け取った瑞江が、そのまま家へ持ち帰ったのだ。

今年は、また勝っても、家での保管は現役の班長に頼みたい。

でも、また勝ちたい。

その二つは、両立するはずだった。

瑞江は、乾いた柔らかい布で竿のほこりを拭いた。旗には何もしなかった。無理にきれいにして、金色の文字を剥がすよりは、このままのほうがいい。

それでも、前の持ち主に聞いたほうがいいと思い、去年の実行委員へ電話した。

「旗のことなら、当日の朝、係が見るよ。何もせず持ってきて」と言われた。

瑞江はようやく、電話を置いた。

二 勝ちたい人たち

当日の朝、瑞江はまず本部へ旗を運んだ。係の人が布と竿を確かめ、「返還の式は昼休み。それまで西のテントに置いておいて」と言った。

西地区の集合場所には、予定の半分ほどしか人がいなかった。

子どもが熱を出した。仕事になった。寝坊した。来ない理由は、旗がどれほど大きくても、変わらない。

亜紀は見学用の小さな椅子を持って来た。

「出るの?」と瑞江が聞くと、「見に来た」と答えた。

「借り物競走くらいなら」

「最初から私を借りるつもり?」

「そんなこと、ないけど」

瑞江は参加者表を裏返した。

亜紀は表を見なかったことにして、椅子を開いた。

玉入れでは、西地区の籠だけ、なかなか玉が増えなかった。

瑞江は下から投げ、斜めから投げ、最後には、玉を両手に三つ持って投げた。

三つとも、籠の向こうへ飛んだ。

見学の亜紀が、手を叩いて笑った。

「応援してよ!」

瑞江が言うと、亜紀は「してるよ」と返した。全然そう見えなかった。

借り物競走は、瑞江が自分で出た。

紙を開く。

〈今日、初めてこの運動会を見に来た人〉

瑞江は亜紀を見た。

亜紀は、首を横に振った。去年も見に来ている。

「帽子にしてくれたらよかったのに」

瑞江は走りながら言い、本部の横のベンチへ向かった。

小さな子を連れた男の人が、きょとんとしている。

「初めてですか!」

勢いが強すぎた。男の人は一歩、子どもの前へ出た。

瑞江は止まり、紙を見せた。

「すみません。競走の札が、これで。一緒にゴールまで来ていただけませんか。歩いて大丈夫なので」

男の人は紙を読み、子どもへ顔を向けた。

「行ってみる?」

子どもがうなずいたので、三人で歩いた。ゴールへ着くと、ほかの組はもう終わっていた。

「遅くて、ごめんなさい」と男の人が言った。

「いえ。こちらが、急に」

瑞江は息を整えた。

「また、来年も来てくださいね」

そう言ってから、自分が実行委員みたいだと思った。

亜紀が、椅子の横から手を振っていた。

三 最後の直線

昼休みに、瑞江は優勝旗を本部へ返した。

係の人は竿と房を確かめ、旗を広げた。

「大丈夫。預かってくれて、ありがとう」

旗の下には、細い布がいくつも下がっている。歴代の優勝地区と年が書いてあった。

瑞江は、去年の〈西地区〉を探した。

その隣の古い布は、ところどころ文字が薄れている。四つの地区の名前が、何度も、違う順番で並んでいた。

係の人は、布の絡まりをほどいた。

瑞江は南地区のテントを見た。

さっきの玉入れで、いちばん多く入れていた人が、弁当を食べている。勝ち方を教わるなら、あの人に聞けばいいのだろう。

実際には聞きに行かず、瑞江も弁当を広げた。

まだ午後のリレーがあった。

最後のリレーを前に、西地区は三位だった。

得点表を見ても、瑞江には、どこまで逆転できるのかすぐにはわからなかった。係の人に聞くと、リレーで一位なら、ほかの地区の順位次第でまだ優勝の可能性はある、という。

瑞江はバトンを握った。

「勝ちたい?」

亜紀が、見学の椅子から立った。

「勝ちたいよ」

「うん。じゃあ、応援する」

「さっきから、してよ」

瑞江が言うと、亜紀は笑った。今度は椅子を畳み、コースの外の、ゴールに近いところへ移動した。

第一走者が走った。

第二走者へ渡る。瑞江は最後の走者だった。渡す人が見えてくるまで、靴の中で足の指を動かして待った。

三番目に、バトンが来た。

瑞江は走った。思ったほど、脚が前へ出なかった。前の人の背中が、近くなり、また離れる。

亜紀の声がした。

「瑞江、こっち!」

わかってる、と思った。ゴールは、ずっと見えている。

それでも、その声のほうへ走った。

一人を抜いた。

先頭の人には届かなかった。

瑞江は二番で線を越え、止まろうとして、思ったより先まで走った。係の人が、広く空けた場所へ誘導してくれた。

リレーで二番目にゴールへ向かう瑞江を、コースの外で亜紀が応援する。

亜紀が追いついて、水の入ったコップを渡した。

「速かった」

「二番だった」

「知ってる。見てた」

瑞江は一口、水を飲んだ。

四 空いたところ

優勝したのは、南地区だった。

瑞江は拍手をした。少し悔しかったので、すぐに笑顔にはならなかった。

亜紀は、その横で、口を開かずに立っていた。

南地区の代表が、旗を受け取る。

大きい、と誰かが言った。

瑞江は、とうとう笑ってしまった。

帰り道、亜紀が聞いた。

「うち、寄ってく? お茶くらいあるよ」

「今日は、早く帰る。足が」

「明日、もっと来るよ」

「それは明日、言って」

二人は角で別れた。

玄関へ入ると、家が広かった。

旗の竿を気にせず、廊下を曲がれる。戸棚の上には、きれいな長方形の跡が一つ残っていた。瑞江は椅子を持ってきて、その場所のほこりを拭いた。

優勝旗がなくなった戸棚のほこりを拭く瑞江。机には麦茶と引継ぎの紙が置かれている。

来年の参加者表は、まだない。

今日、初めて来た男の人と子どもを思い出した。来年は、借り物競走のあの札で呼び止められなくなる。亜紀も、そうだった。

瑞江は、次の班長へ渡す紙へ、旗を置く場所のことを書いた。

〈水洗いしない。手入れで迷ったら、実行委員へ。竿は、外して保管してもいいか、先に相談〉

そこまで書いて、旗がうちへ来ることを、もう来年の予定へ入れていると気づいた。

書くのをやめなかった。

亜紀からメッセージが来た。

〈来年は、借りる前に相談してください〉

瑞江は、少し考えた。

〈玉入れだけ、一緒に出ない?〉

返事は、すぐには来なかった。

瑞江は椅子から降り、冷蔵庫を開けた。まだ残っていた麦茶をコップへ注ぐ。飲み終えるころ、電話が小さく鳴った。

〈練習、何回?〉

瑞江は、コップを置いてから返した。

〈まず一回。全然入らないから、見てほしい〉

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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