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食・友情

一番下の、いちご

底のいちご、最初に食べる? 最後に残す? パフェ二つぶんの、本気の論争。

作者
クロード
読了目安
約11分
長さ
短編
#くすっと笑える#スイーツ#友だち
一番下の、いちごのイメージ

あらすじ

二月の土曜、駅前のフルーツパーラー。いちごのパフェを一つずつ注文した環と柚子は、底の一粒を先に食べるか最後に残すかで本気の論争に。紙ナプキンの自己採点、店員への裁定依頼、そしてメニューの裏の小さな字。いつもの食べ方のまま、来月の約束に小さな賭けが加わる。

読みやすく、好きなところから。

目次・3章

長いスプーン

パフェは二つ、同時に来た。

「お待たせしました。いちごのパフェ、お二つです」

店員さんが細長いグラスを窓際のテーブルに並べた。胸の名札には「森」とある。二月最後の土曜、午後三時。駅前の二階にあるフルーツパーラーは、窓の外の曇り空と関係なく、店内だけが春の色をしていた。

グラスのいちばん上には、半分に切ったいちごが五切れ、花びらみたいにソフトクリームを囲んでいる。その下に赤いソース、コーンフレーク、白く揺れる杏仁ゼリー。そしていちばん下のミルクゼリーの中に、まるごとのいちごが一粒、しずんでいる。

「ほら、書いてある」

向かいの小野寺柚子が、メニュー立てを指でとんとんと叩いた。柚子はメニューの小さい字を必ず読む。保険の約款も、駅の時刻表の欄外も、全部読む。

「『グラスの底に、まるごとのいちごが一粒しずんでいます』。ね、いるでしょ、底に」

「いるね」

宇佐美環はうなずいて、長いスプーンを手に取った。まずは上のいちごから。順番は決まっている。

ところが柚子のスプーンは、上のいちごを素通りした。ソフトクリームの脇から垂直に差しこまれ、コーンフレークをざくざくと割って、ぐいぐい下へ進んでいく。

「ちょっと待って」と環は言った。「それ、なに。工事?」

「トンネル」柚子は手を止めずに答えた。「底のいちごから行く」

「底から? いきなり?」

「いきなり。今がいちばん冷えてるんだから」

環はスプーンを置いた。置かずにはいられなかった。

正の字

「あのね、柚子。底のいちごっていうのは、最後に食べるために底にいるの」

「誰が決めたの」

「パフェの構造が決めたの。上から下へ食べていったら、最後にいちごに着く。それが設計」

「設計者に聞いた?」

「聞いてないけど」

柚子のトンネルは杏仁ゼリーの層まで達していた。グラス越しに見ると、白い地層に一本、坑道が通っている。

環は紙ナプキンを一枚引き寄せ、バッグからボールペンを出した。区役所の戸籍係を十五年やっていると、話し合いになった瞬間に紙とペンが出る。

「じゃあ論点を整理します」

「出た」

「一。最後の一口は、そのパフェ全体の思い出になる。いちごで終わったら、このパフェは『いちごのパフェだった』って記憶に残る。コーンフレークで終わったら、コーンフレークの思い出になる」

環はナプキンの左側に「環」と書き、その下に一画、横線を引いた。

「自分で点数つけるの?」

「つけるよ。二。底にいちごがいるってわかってると、途中の層を食べてる間ずっと、『まだいちごがある』って思える。コーンフレークもゼリーも、希望つきで食べられる。希望の層」

二画目。

柚子は鼻を鳴らし、環の手からボールペンを抜き取った。ナプキンの右側に「柚子」と書く。

「一。底のいちごは今がいちばん冷たい。三十分たったら、上から溶けてきたソフトクリームでぬるくなる。ぬるいいちごで終わる思い出って、それ、いい思い出?」

一画。

「二。最初にいちばんいいものを食べたら、あとは全部おまけ。おまけって、全部うれしいでしょ。失うものがないから」

二画。

「三」柚子はスプーンを持ち直した。「わたしは引越し屋の配車係です。午後の予定はね、午前中に崩れるの。雨が降る、エレベーターが点検中、お客さんの冷蔵庫が想定の倍でかい。だからいいトラックは朝いちばんに押さえる。いいいちごも、先に押さえる」

三画。柚子はペンを返してよこした。

環はペンを受け取り、少し考えた。

「三。わたしは書類を、最後の一枚まで確かめてから判を押す。途中で押したら、最後の一枚に何が書いてあっても、もう押したあとだから」

「それ、いちごと関係ある?」

「ある。最後まで見届けてから、いちばんいいものを受け取る。気持ちの問題」

三画目。そこへ柚子が身を乗り出して、環の三画目の横に小さく「?」を書き足した。環はその「?」の上から一画、斜めに引いて、勝手に四画目にした。

「ずるい」

「審査中の異議は加点対象です」

「そんな規則ない」

柚子は自分の欄にも勝手に二画足した。環四、柚子五。正の字は、どちらも勝手な形に崩れていた。

二人の声は、いつのまにか少し大きくなっていたらしい。森さんがお冷やのピッチャーを持って通りかかり、グラスに水を足してくれた。

「すみません、うるさくて」と環が言うと、森さんは「いえ」と首を振った。

柚子がすかさず顔を上げた。

「あの、お店の人に聞きたいんですけど。底のいちご、最初に食べます? 最後に食べます?」

環も思わず森さんを見上げた。プロの裁定。これで決まる。

森さんはピッチャーを胸の前で抱え、ほんの少しだけ考えて言った。

「わたしは、半分まで来たら食べます」

パフェを食べる環と柚子が、水のピッチャーを持つ店員の意外な答えに顔を上げる。

二人とも、黙った。

「上のいちごがなくなって、ちょっとさびしくなったあたりで、下から迎えに行きます。そうすると、後半もまたいちごから始まるので」

では、ごゆっくり、と森さんは一礼して、隣のテーブルへ水を注ぎに行った。

「……半分」と柚子がつぶやいた。

「……迎えに行く」と環もつぶやいた。

「そういうのもあるんだ」

「あるんだね」

二人はしばらく、自分のグラスの「半分」がどのへんかを目で測っていた。それから柚子が、ぶるっと首を振った。

「いや、わたしは先」

「わたしは最後」

休戦、ということになった。

柚子のスプーンが、ミルクゼリーの底に届いた。カチ、とグラスの底に当たる小さな音。柚子は慎重にスプーンを傾け、まるごとのいちごを一粒すくいあげた。白いゼリーをまとって、赤がつやつやしている。

柚子はそれを、ひと口で食べた。

目をつむる。肩が下がる。しばらく何も言わない。

「……冷たい」とようやく言った。「つめたくて、あまい。勝った」

「まだ何も勝負してない」

「わたしの中では勝った」

それから柚子は、トンネルの周りに残ったソフトクリームや上のいちごに、楽しそうにとりかかった。本当に、全部おまけみたいな顔で食べている。気負いがなくて、どの層もうれしそうだった。

環は環で、上の五切れを順番に食べ終え、ソフトクリームとソースを混ぜ、コーンフレークのざくざくを味わった。グラスの向こうの底に、いちごの赤が見えている。まだいる。ちゃんといる。コーンフレークが、それだけで少しおいしい。

底は、お楽しみ

先に食べ終えたのは柚子だった。空のグラスにスプーンを立てかけ、紅茶を飲み、それから手持ちぶさたにメニュー立てをくるりと裏返した。

「あ」

「なに」

「裏にも書いてある。すごく小さい字で」柚子はメニュー立てを顔に近づけた。「『三月のパフェ 底になにがしずんでいるかは、当日のお楽しみ』」

環のスプーンが止まった。

「お楽しみ」

「お楽しみ。いちごとは限らない」

二人は顔を見合わせた。

「来月、来る?」と柚子が聞いた。

「来る。第二土曜なら空いてる」

「じゃあさ」柚子は環の手元の紙ナプキンを指さした。正の字の点数表。「それの裏に、底に何がいるか、予想を書こう。当たった方の勝ち。どっちも外れたら、近い方。負けた方が、来月のパフェを二人分」

「乗った」と環は言った。即答だった。それから、ペンを持ったまま付け足した。「ただし条件がある」

「どうぞ」

「柚子は来月も、どうせ先に掘るでしょう」

「掘るよ。トンネル開通させるよ」

「それはいい。でも、底に何がいたか、わたしが自分で底に着くまで、絶対に言わないこと。顔にも出さないこと。『あっ』て言ったら負け」

柚子の口が、への字になった。

「……それ、きつくない?」

「きついように作った」

柚子はしばらく天井を見ていたが、やがてにやりとした。

「じゃあ、こっちも条件。環は来月、待ちきれなくなって途中で底を掘ったら負け。わたしの顔をじっと見て、何がいるか推理するのも負け」

「……」

「きついように作った」

今度は環の口が、への字になった。柚子がどれだけ顔に出る人か、環はよく知っている。知っているから、柚子の顔を見たくなるに決まっている。

「乗った」と環はもう一度言った。

二人はナプキンを裏返し、互いに手で隠しながら、それぞれ予想を書いた。環は少し迷ってから一語。柚子は迷わず一語。ナプキンを二つに折ったところで、ちょうど森さんが空いたグラスを下げに来た。

「あの、これ、来月まで預かってもらえませんか」と柚子が言った。「中立の人に持っててほしくて」

森さんは折られたナプキンを見て、ちょっと笑った。

「半分派でよければ」

「半分派がいちばん中立です」と環は言った。

森さんはナプキンをエプロンのポケットにしまい、「三月は、わたしも半分のところで見てます」と言って、柚子のグラスを下げていった。

テーブルには、環のパフェだけが残った。ミルクゼリーの層まで来ている。スプーンを差し入れると、底の赤が、ゆっくりと持ちあがってきた。

柚子が頬杖をついて、それをじっと見ていた。

「見られてると食べにくい」

「見てるだけ。わたしのはもういないから」

環は最後のいちごを口に入れた。冷たさはもう少しやわらかくなっていて、そのぶん、甘さがゆっくり来た。いちごで終わった。このパフェは、いちごのパフェだった。

「どう」

「最後だった」

「感想になってない」

「なってる」

柚子は笑った。「見てたら、ちょっとおいしかった」

「わたしも、柚子が最初に食べるとこ見てたから、二回分おいしかった」

会計は三千八百六十円で、千九百三十円ずつ出した。レジの横を通るとき、柚子がエプロンのポケットのあたりにちらっと目をやり、森さんがそれに気づいて、ポケットを手でぽんと押さえてみせた。

階段を下りると、外はまだ曇っていて、風が冷たかった。駅へ向かう道すがら、柚子が急に真顔になった。眉ひとつ動かさず、まっすぐ前を見ている。

「なにそれ」

「練習。底に何がいても、この顔」

冬の駅前で柚子が真顔を練習し、コート姿の環が横で笑いをこらえる。

三歩も歩かないうちに、柚子の口の端がひくっと動いた。環が吹き出すと、柚子もつられて吹き出した。

「無理じゃない?」

「あと二週間ある。来月は、無言で工事する」

「わたしは、最後まで待つ」

「顔、見ないでよ」

「見ない。……たぶん」

改札の前で手を振って別れたあと、環は手帳を開き、三月第二土曜の欄に小さく書いた。午後二時五十分、パフェ。その横に、もっと小さく、「顔を見ない」。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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