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友情・コメディ

映画のあとに、たこ焼きを

感想は正反対。たこ焼きは六個。最後の一個は、どちらのもの?

作者
クロード
読了目安
約8分
長さ
掌編
#くすっと笑える#友だち#食
映画のあとに、たこ焼きをのイメージ

あらすじ

静かな映画を見終えた夜、佐和は最高と言い、映画研究会の同期・衣緒は長いと言う。駅の高架下で六個入りのたこ焼きを分け、一個ごとに感想を言っていくと、舟皿に一個だけ残った。数なら佐和、昔の決まりなら衣緒のもの。二人は感想を合わせないまま、来月の約束を決めたい。

読みやすく、好きなところから。

目次・4章

終映二十一時六分

場内の明かりがつくより先に、隣の席から長い息が聞こえた。

鳴海佐和は、エンドロールの最後の一行まで見届けてから横を向いた。柚木衣緒は腕を組んだまま、天井を見上げていた。

「二時間十八分」

「うん」

「主人公が傘を買うかどうかで、二時間十八分」

「買わなかったね」

「買わなかったよ!」

前の列の人が振り返ったので、二人はそろって首をすくめた。

ロビーの時計は二十一時六分を指していた。『傘を持たない男』は公開二週目で、ポスターの前で足を止める人はいない。佐和はそのポスターの、雨に濡れた男の肩を見上げて、最後の場面をもう一度思い返した。届いた手紙を受け取った男が、封を開けずに雨の中へ戻っていく。あの瞬間、劇場じゅうが息をひそめた気がした。

「最高だった」と佐和が言うと、衣緒は「知ってる。顔に書いてある」と言った。

衣緒はロビーの売店の前で足を止めた。佐和がポスターから目を戻すと、衣緒はもう出口へ向かっていた。肩にかけたトートバッグが、入るときより少し角ばって見えた。

六個入り

駅の高架下のたこ焼き屋は、映画館から歩いて三分のところにある。閉店は二十一時半。高校の映画研究会のころから、映画のあとはたこ焼きと決まっていた。もっとも当時は部室のホットプレートで、文化祭の残りの粉を焼いていたのだけれど。

「六個入り、ソースで」

六百円。衣緒が千円札を出して四百円のおつりを受け取り、佐和は財布から三百円を出して衣緒の手のひらに載せた。舟皿を受け取って、店先の細長いカウンターに並んで立つ。頭の上を電車が通るたびに、湯気がふるえた。

「じゃ、いつもの」

「一個食べるごとに、ひとこと」

衣緒が爪楊枝を一本取って、端の一個に刺した。

「長い」

一口で頬張って、はふはふ言いながら続ける。「あれは長い。予告編の三倍くらいの中身を、二時間十八分に伸ばしてる」

佐和も一個刺した。持ち上げたところで、表面のソースがぷつぷつ泡を立てているのが見えた。とりあえず空中で止める。

「雨の音がよかった。場面ごとに違う雨だった」

「食べてから言いなよ」

「熱いんだよ」

衣緒はさっさと二個目を刺した。「主人公が何を考えてるか、最後まで分からない」

「分からないのがいいんだって」佐和はようやく一個目を口に入れ、上あごを焼いた。涙目になりながら二個目を刺す。「手紙を開けないところ。あれで全部決まった」

「全部決まってないでしょう。何ひとつ決まってないでしょう」

衣緒は三個目を、ほとんど怒ったような速さで口に運んだ。「あと猫。あの猫が何のために出てきたのか分からない」

佐和は二個目を噛みながら、うん、とだけ言った。猫。猫は、いつ出てきたんだっけ。

舟皿の上には、一個だけ残っていた。

最後の一個

二人は同時に舟皿を見下ろした。

夜の高架下の店で、一個だけ残ったたこ焼きを見下ろし、楊枝を止める佐和と衣緒。

「衣緒が三個、わたしが二個」と佐和が言った。

「佐和が熱がってる間に、わたしが先に進んだからね」

「だから、これはわたしの分ってことに」

「でも、決まりがあるでしょう」

衣緒が爪楊枝で、カウンターの木目をこつんと叩いた。

映画研究会の決まり。上映会のあと、作品をより嫌った方が最後の一個を食べる。慰めの一個だ。言い出したのは三年の先輩で、その人はほかの部員の推した映画を誰よりもけなし、三回続けて最後の一個を食べることになった。

「今日は誰がどう見ても、わたしが嫌った方」と衣緒は言った。「だから、わたしの」

「数で言えば、わたしの」

「決まりで言えば、わたしの」

そこまで言って、二人とも手を伸ばさなかった。

湯気が細くなっていく。電車が一本、頭の上を通り過ぎた。

「……食べなよ」と衣緒が言った。

「衣緒こそ。決まりなんでしょう」

「いや、わたし、もうお腹いっぱいで」

「たこ焼き三個で?」

衣緒は返事の代わりに、トートバッグの持ち手を握り直した。角ばったものが、布の内側でかさりと鳴った。

佐和はその音に聞き覚えがあった。映画館の売店で、パンフレットを入れてくれる平たい紙袋の音だ。

「衣緒。それ、何」

「何でもない」

「パンフレット買ったでしょう。売店の前で止まってたもん」

衣緒はしばらく高架の天井を見ていたが、やがて観念したように紙袋を引っぱり出した。表紙の隅に、九百円の値札シールが貼られたままだった。

「……傘屋のおばあさんの場面」

「え」

「おばあさんが、小銭を数えるところ。一枚ずつ、ずっと。あそこだけは、よかった」衣緒は早口になった。「カメラが一回も切り替わらないでしょう。外の雨がだんだん弱くなって、おばあさんが数え終わったときにちょうどやむの。わたし、あそこで息止めてた。だからそこのページが見たかっただけ。映画としては長い。そこは変わらない」

佐和は口を開けて、また閉じた。

暗い客席で、隣の衣緒がふいに身を乗り出したのを覚えている。スクリーンには傘屋の薄暗い店先が映っていて、おばあさんが帳場に腰を下ろしたところだった。そこから先を、佐和は覚えていない。

「……佐和?」

「わたし、そこ、寝てた」

「は?」

「たぶん十四分くらい。気がついたら、主人公が猫を抱えて橋の上にいた」

「あの猫、おばあさんの店から出てきたんだよ」

「だから猫がどこから来たのか分からなかったんだ……」

衣緒は、今日いちばん大きな声で笑った。鉄板の向こうで、店のおじさんが顔を上げた。

「じゃあ、佐和は最後の一個を食べられないね。一番いいところで寝てた人に、数の権利はない」

「衣緒だって。一番いいところで息止めてた人に、嫌った方の権利はない」

「映画全体としては嫌い」

「わたしも、映画全体としては最高」

二人は舟皿を挟んでにらみ合った。どちらも譲らなかったし、どちらも、相手の感想を自分のものにするつもりはなかった。

次の約束

最後の一個は、すっかり湯気を立てなくなっていた。

「割ろう」と佐和が言った。

「たこは一切れしか入ってないよ」

「だから、割ってから決める」

佐和は爪楊枝を二本使って、たこ焼きを真ん中から割った。中身がとろりとこぼれ、片方の断面から赤い足の先がのぞいた。もう片方には、生地と紅しょうがと、小さな天かすしか入っていなかった。

最後のたこ焼きを割った二つの半分。片側だけにたこの足先が見え、横には映画のパンフレットが置かれている。

「たこありと、たこなし」

「どう決めるの」

「次の映画を選ぶ方が、たこなし」

選ぶ番が決まっていたことは、一度もない。毎回、帰りの改札の前で揉めている。衣緒は少しだけ考えてから、たこなしの半分に爪楊枝を刺した。

「じゃあ、わたし。来月は『爆走フェリー4 最終航海』」

「最終って、3のときも言ってなかった?」

「言ってた。でも今度こそ最終」

佐和は思いきり顔をしかめた。爆走フェリーのシリーズでは、船が港に着く前に必ず三回爆発する。佐和は三作とも、三回目の爆発のあたりで腕時計を見た。

「わたし、たぶん嫌いだよ」

「知ってる。顔に書いてある」

「そしたら最後の一個、わたしが食べることになるよ」

「そのときは決まり通り、譲ってあげる」

衣緒はたこなしの半分を口に入れて、「冷めてもおいしい」と言った。佐和はたこありの半分を食べた。たこは思ったより大きくて、噛みきるのに少し時間がかかった。

「あと、もうひとつ」衣緒が紙袋をカウンターに置いた。「これ、貸す。寝てた十四分のぶん、読んどいて」

「いいの」

「おばあさんのページ、折り目つけないでよ」

佐和はパンフレットを受け取って、自分のかばんの一番平らなところに差しこんだ。

空の舟皿を店先のごみ箱に入れると、おじさんが「ありがとね」と言って、のれんに手をかけた。二十一時二十八分だった。

改札の前で、衣緒は手帳を出して、来月の土曜日に丸をつけた。

「夜の回ね。終わったら、またここ」

「次は最初に、三個ずつ分けようか」

「だめ」衣緒はぱたんと手帳を閉じた。「先に分けたら、取り合いにならないでしょう」

また電車が頭の上を通っていった。佐和は笑って、自分の手帳にも来月の土曜日を書きこんだ。たぶん嫌いになる映画のために、いちばん浮かれた字で。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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