一 十一本の鍵
さざなみ輪店は午後六時に閉まる。五時四十分になったら、店先に並べた自転車を一番から順に店の中へ入れていく。青が四台、赤が二台、黄色が一台、白が三台、子ども用の緑が二台。全部で十二台。
その日、戸川実乃里は、そのいつもの手順をいつもよりていねいにやっていた。
店主の美作さんは町内会の会合で、九時まで戻らない。今朝、エプロンの紐を結びながら「閉めるとこまで、戸川さんひとりでやってみて」と言われた。勤めて二年になるが、閉店を一人で任されたのは初めてだった。
一番、二番、三番。スタンドを蹴り上げ、敷居の段差で前輪を少し浮かせて店に入れる。四番、五番、六番。外はまだ明るいのに、湖から来る風は、もう夕方の冷たさになっていた。
七番に手をかけたところで、実乃里は止まった。
黄色い自転車は、店先の空気入れ台の横、二番の札の前に停まっていた。七番の定位置から少しずれている。それは別にかまわない。返しに来たお客さんは、空いているところに停めていくものだ。
気になったのは後輪だった。輪っかの錠が、きっちり閉じている。鍵穴には何も挿さっていない。
この店の自転車には、どれも後輪に輪っかの錠がついている。開いているあいだは鍵が抜けず、レバーを押して閉めたときだけ抜ける。店のきまりでは、返すときは錠を開けたまま鍵を挿しておいてもらい、店員がそれを確かめ、レバーを閉めてから鍵を抜き、壁の鍵板に掛ける。
実乃里はサドルの後ろを持ち上げて、後輪を浮かせたまま七番を押した。前輪だけがからからと回る。七番の定位置に収め、残りの五台も中へ入れてから、壁を振り返った。
鍵板にはフックが十二本並び、それぞれの鍵に自転車と同じ色の札がついている。青、青、青、青、赤、赤。その次のフックだけが空いていた。白、白、白、緑、緑。
数えると十一本だった。返却用の木のトレイにも何もない。カウンターの上にも、レジの横にもなかった。
台数は合っている。十二台とも店の中にある。鍵だけが一本、足りなかった。
「……七番か」
声に出してから、実乃里は先月のことを思い出した。七番の錠は古いのが固くなったので、新しい型に替えたばかりだった。そのとき美作さんは「合鍵は来週、鍵屋さんに頼むから」と言っていた。それから三週間たつが、合鍵はまだない。
二 鍵にチェック
カウンターの下から利用票のバインダーを出した。今日の分は四枚ある。
七番の行には、きれいな字で「宇佐見灯子」と書いてあった。十時二十分貸出、一日料金千二百円、支払い済み。その右に、返却十六時四十分、そして「鍵✓」。
チェックは実乃里の字だった。
ボールペンの先でそのチェックをなぞりかけて、手を止めた。
四時四十分、自分はどこにいたか。
四時二十分に森永さんの一家が三台を返しに来た。そのとき、緑の十一番の後輪がぺしゃんこになっていた。最後の一キロはお父さんが押して歩いてきたという。実乃里は三本の鍵を一本ずつ受け取った。白の札が二つと、緑が一つ。手のひらに載せて、重さまで覚えている。それから、明日の朝に十一番の予約が入っていたので、すぐ作業台に上げてタイヤを外した。
その作業の最中に、黄色い自転車が戻ってきた。
「鍵、挿したままにしておきますね」
という声がして、実乃里はチューブを洗面器の水に沈めたまま、振り向かずに答えた。
「はーい、ありがとうございます。そこで大丈夫です」
それから手を洗い、カウンターへ戻って利用票にチェックを入れた。七番を見に行った覚えはない。挿したままにしておく、と言われたから、挿したままになっていると思い込んだ。
実乃里は、鍵板の空いたフックをもう一度見た。
利用票の欄外に、宇佐見さんの携帯番号がある。五時四十四分、実乃里は店の電話の受話器を取った。
四回目の呼び出し音で、相手が出た。
「はい、宇佐見です」
「さざなみ輪店の戸川です。今日、黄色い七番を借りていただいた……。閉店前にすみません。今、少しお話しできますか」
「はい。……何かありました?」
「七番の鍵が見つからないんです。それで、返していただいたときのことをうかがいたくて」
少し間があいて、紙袋が擦れるような音がした。
「挿したままにしました。間違いないです。開けたままで、鍵はささってました。あの、まだ近くにいるんです。ひなた書房に。すぐ戻ります」
「いえ、そんな」
「十分もかからず着きます」
電話が切れた。実乃里は受話器を置き、店の外へ出た。
隣の八百屋で、波多野さんがシャッターを半分下ろしたところだった。
「波多野さん。夕方、空気入れ使いました?」
「使った使った。軽トラの荷台の一輪車、空気が抜けててさ」波多野さんは軍手を外した。「あ、黄色いの、どかしたよ。空気入れの前にあったから。後ろが回らないんで、持ち上げてずらした。悪かったかね」
「いえ。それ、何時ごろでした?」
「五時ちょっと過ぎ。夕方のニュースの頭が始まったころだから、五時五分くらいかな。鍵がかかってるからさ、ちゃんとしてるなと思ったんだよ」
実乃里は礼を言って店先に戻った。
四時四十分には開いていた。宇佐見さんの言うとおりなら、そうなる。五時五分には閉まっていた。そのあいだの二十五分に、誰かがレバーを押して、鍵を抜いた。
その二十五分のあいだ、実乃里は作業台にいた。店先から聞こえていたのは、バスを待つ子どもたちの声だった。
三 カチン
宇佐見さんは五時五十二分に戻ってきた。生成りのカーディガンに、本の角が浮き出た紙袋を提げている。少し息が上がっていた。
「すみません、わざわざ」
「いえ。こっちこそ、預けたつもりで行ってしまって」
実乃里は店の中に案内し、七番の後輪を見せた。宇佐見さんはしゃがんで、閉じた錠をしばらく見ていた。
「私が置いたときは、開いてました。それで、ここに鍵がささってて」
「はい。わたし、そのとき作業台にいて、見に行ってないんです」実乃里は利用票を指で押さえた。「このチェック、わたしが見ないで付けました。だから、宇佐見さんのせいじゃないです。ただ、思い出せることがあったら教えてほしくて」
宇佐見さんは顔を上げ、実乃里のボールペンの跡を見た。それから立ち上がって、店先のベンチのほうを振り返った。
「返したあと、すぐ帰ったわけじゃないんです。そこのベンチで絵はがきを書いてました。十五分くらい」
「子どもたちがいませんでした?」
「いました。男の子と、お姉ちゃん。男の子のほうが恐竜のTシャツで」宇佐見さんは指先で胸のあたりに何かを描いた。「その子が、黄色いのを見て聞いてきたんです。『なんで鍵ささってるの』って」
実乃里は黙って続きを待った。
「だから私、言ったんです。自転車から離れるときは、鍵をかけるんだよ。かけたら、なくさないように自分で持っておくの、って。それから、これはもうお店に返したから、お店の人がやってくれるの、とも言いました。……たぶん」
宇佐見さんの声は、最後の「たぶん」で小さくなった。
「前半のほうが、六歳には覚えやすいですね」
実乃里がそう言うと、宇佐見さんは困ったように笑った。
「そうですね。後半は、大人の都合だから」
「歩き出してから、何か聞こえたりは」
聞いてから、実乃里は自分の質問が少しおかしいと思った。けれど宇佐見さんは、すぐにうなずいた。
「聞こえました。角を曲がったところで、カチン、って」
「錠の音ですか」
「たぶん。ただ、ほかの自転車のと高さが違ったんです。朝、ここで借りたとき、何台か錠を開け閉めする音がしてたでしょう。あれよりも半音くらい高くて、響きが短い。新しい金具の音だなと思って、覚えてました」
実乃里はまばたきした。
「宇佐見さん、音のお仕事ですか」
「ピアノの調律をしてます。学校とか、公民館とか」宇佐見さんは少し肩をすくめた。「職業病なんです。冷蔵庫が鳴っても、ラより低いなとか考えちゃう」

実乃里は鍵板から三番の鍵を取り、錠を開けてからレバーを押して閉めた。ガチン、と鈍い音がした。もう一度鍵を回して開け、閉め直して鍵を抜いた。三週間前に七番の錠を替えた日、新しい錠の音を聞いた美作さんが「あら、いい声」と言ったのを思い出した。
「七番の錠、先月替えたばかりなんです。たぶん、宇佐見さんが聞いたのがそれです」
「じゃあ、四時五十六分くらい」
宇佐見さんが言った。ベンチを立ったとき、駅の時計を見たのだという。
四時五十六分に閉まった。それから九分後に、波多野さんが閉まっているのを見た。その時間、店先にいたのは、バスを待っていた家族だけだった。
実乃里はバインダーをめくった。森永さんの利用票。十三時貸出、九番、十番、十一番、子ども乗せ付き、合計二千三百円。欄外に携帯の番号と、「しらさぎ荘泊」というメモ。それは実乃里が自分で書いたものだった。貸出のとき、お母さんが「北岸の宿まで、バスで行けますよね」と聞いてきたから、時刻表を一緒に見たのだ。
五時五十六分、実乃里はもう一度受話器を取った。
「はい、森永です」
後ろで、バスの降車ボタンの音がした。
「さざなみ輪店の戸川です。お騒がせしてすみません。うちの黄色い自転車の鍵を探していて……。もしかしたら、蒼太くんが何か知っているかもしれないと思って」
「え、蒼太が?」お父さんの声が遠ざかった。「蒼太、お店の……ちょっと、ポケット見せて。そっちじゃない、上着の」
ごそごそと音がして、女の子の声がした。「あ、それ黄色いやつ」
「……ありました」お父さんが戻ってきた。「黄色い札がついてて、7って書いてある。うわ、本当にすみません。全然気づかなくて」
「いえ。あったなら、よかったです」
実乃里は、自分の膝がわずかに震えていたことに、そのとき初めて気づいた。
「蒼太くんと、少し話せますか」
電話の向こうで受話器が渡される気配があって、小さな息づかいが聞こえた。
「……もしもし」
「もしもし、蒼太くん。自転車屋のお姉さんです。鍵、持っててくれたんだね」
「うん」少し間があった。「かけたの。なくさないように、もってた。お店のひと、いそがしそうだったから」
実乃里は宇佐見さんと目を合わせた。宇佐見さんは口元に手を当てていた。
「ありがとう。ちゃんと持っててくれたんだね」
「おこってる?」
「怒ってないよ。今から、受け取りに行ってもいい?」
「いいよ」
お父さんに代わってもらうと、一家は明日の朝七時五十分のバスで空港へ向かうのだという。お店まで届けに戻りましょうか、とお父さんは言ってくれたが、バスはもう宿の前に着くところで、戻りの便は一時間後だった。
「こちらから伺います。自転車なら、三十分かからないので」
電話を切ると、店の時計は五時五十九分を指していた。
四 北岸へ
六時ちょうどに、実乃里は入口の札を「準備中」に裏返し、美作さんの携帯に電話をかけた。会合の休憩中だったらしく、後ろで湯呑みを置く音がした。
七番の鍵がなかったこと。森永さんの男の子が持っていて、一家は北岸のしらさぎ荘に泊まり、明日の朝には町を出ること。それから、利用票の「鍵✓」を、自分が見ないで付けたこと。
最後の一つを言うとき、実乃里は少し早口になった。美作さんは途中で口をはさまなかった。
「で、どうする?」
聞かれるだろうとは思っていた。実乃里は息を吸った。
「今から、三番で取りに行きます。東回りで六キロなので、七時半には戻れます。七番は錠がかかったまま、店の中に入れてあります」
「十一番のパンクは?」
「直しました。タイヤが減ってたので、明日の朝、交換します。森永さんには請求しません。うちの整備の問題なので。返却が三時間を少し過ぎた分も、パンクで歩いていただいたので加算しません」
「うん」
少し間があった。
「あの」横から宇佐見さんが小声で言った。「私も行ってもいいですか。北岸、今朝は行けなかったんです」
実乃里が受話器を手で押さえて振り向くと、宇佐見さんは紙袋を抱え直した。
「白鷺岬のところで向かい風がひどくて、引き返したんです。湖を一周してから自分の自転車を買おうって決めてて。……すみません、今日の続きをしたいだけかもしれないです」
実乃里がそのまま美作さんに伝えると、受話器の向こうで小さな笑い声がした。
「閉店後だから、貸出じゃないわね。うちの従業員の付き添いで、試乗ってことにしましょう。ライトは前も後ろも点けてね。帰り、西回りにするなら、岬の下りでブレーキ早めに」
「はい」
「戸川さん」
「はい」
「チェックのこと、ちゃんと言ってくれてありがとう」
電話が切れた。
実乃里は三番を、宇佐見さんは赤い六番を外に出した。サドルの高さとブレーキを確かめ、二人とも店のヘルメットをかぶった。ライトを点ける。店の鍵をかける前に、実乃里はもう一度中をのぞいた。十台並んだ真ん中で、黄色い自転車だけが、鍵のないまま立っていた。
六時十分に出発した。
東岸の道は湖に沿って、ゆるい上り下りが続く。空にはまだ青さが残っていたが、水面はもう暗く、向こう岸の家の明かりが一つずつ映りはじめていた。一列になった二台のライトが、前後から舗装を照らした。

「宇佐見さん、自分の自転車、買うんですか」
「一周できたら、です」宇佐見さんは前を見たまま言った。「越してきて三か月で、まだこの町の形がよくわからないんです。仕事で呼ばれても、地図で見ると近いのに、行ってみたら坂だったりして。一周したら、町の大きさがわかる気がして」
「それで、毎週借りに来てたんですね」
「覚えてたんですか」
「黄色ばっかり選ぶ人、あんまりいないので」
宇佐見さんは笑った。
「黄色が、いちばん音がよかったんです。錠だけじゃなくて、ベルも」
しばらく、タイヤの音だけが続いた。左手の葦の茂みで、水鳥が一羽、低く鳴いた。
「わたし、今日、台数を数えて安心したんです」実乃里は言った。「十二台あるから大丈夫だって。鍵がないのに気づいたのは、たまたま後輪を見たからで」
「私も、手渡せばよかったです。忙しそうだったから声だけかけて」
「受け取るのは、こっちの仕事です」
言ってから、少しきつい言い方になったと思った。けれど宇佐見さんは、そうですね、と軽くうなずいただけだった。
「じゃあ、渡すのは私の仕事ってことで。次から」
しらさぎ荘の看板が見えたのは、六時三十五分だった。
ロビーに入ると、浴衣の上に上着を羽織った蒼太くんが、ソファから飛び降りた。後ろからお姉ちゃんの結衣ちゃんと、お父さん、お母さんがついてくる。蒼太くんは両手で何かを包むように持っていた。黄色い札が、指のあいだからのぞいている。
実乃里がしゃがむと、蒼太くんは手を開いた。
「はい」
「ありがとう」
実乃里は鍵を受け取った。札の「7」は、実乃里が二年前に油性ペンで書き直した字だ。
「蒼太くん。鍵をかけたのは、正しかったよ」実乃里は言った。「離れるときは、かける。あってる。でもね、お店の自転車のときは、かけたら、お店の人の手に渡してくれる? 忙しそうでも、呼んでいいから」
蒼太くんは鍵がなくなった自分の手を見て、うなずいた。
宇佐見さんも膝をついた。
「ごめんね。私の言い方が、足りなかった。かけた人が持つ。それで、返すときは、返す人の手に。ね」
「かえすひとのて」
蒼太くんが繰り返すと、結衣ちゃんが「だから言ったじゃん、お店の人にって」と小声で言い、お母さんに肩をつつかれた。
お父さんが財布を出しかけたので、実乃里は首を振った。
「確かめなかったのは、わたしです。それに、十一番のパンクもご迷惑をおかけしました。最後の一キロ、押してくださったんですよね」
「いや、あれはあれで楽しかったですよ」お父さんは笑った。「蒼太がずっと押すの手伝うって言って」
お母さんが、宿の売店の袋から温泉まんじゅうを二つ出して、実乃里と宇佐見さんの手に一つずつ載せた。まだ少し温かかった。
五 最後の一台
帰りは西回りにした。
六時五十分に宿を出ると、道はすぐに岬へ向かう上りになった。宇佐見さんは赤い六番のギアを一段落とし、黙ってペダルを踏んだ。実乃里は少し後ろからついていった。
上りきったところが白鷺岬だった。風は朝よりずっと弱く、岬の先の小さな展望所で、宇佐見さんは自転車を降りた。
湖の南の端に、町の明かりが固まっていた。駅前の時計の灯、さっきまでいた商店街の街灯、そのどこかにさざなみ輪店がある。向こう岸には、さっき通ってきた東岸の道の街灯が、点線のように続いていた。
「今朝、ここで引き返したんです」宇佐見さんが言った。「ここから先が見えなくて」
「見えましたか」
「見えました。思ったより、ちっちゃい町ですね」
宇佐見さんはそう言って、少し笑った。うれしそうな顔だった。
岬の下りでは、美作さんに言われたとおり早めにブレーキをかけた。それからは平らな道が続いた。実乃里の上着のポケットで、七番の鍵が、ペダルを踏むたびに小さく鳴った。
さざなみ輪店に戻ったのは、七時二十五分だった。
店の鍵を開け、明かりを点ける。三番と六番を定位置に戻し、それぞれ施錠して鍵を鍵板へ掛けた。それから実乃里は七番の前にしゃがんだ。ポケットから鍵を出して、錠に挿す。
回すと、錠が開いた。カチン、と短く鳴った。
「やっぱり、高い」
入口に立ったまま、宇佐見さんがつぶやいた。
実乃里は動く後輪を確かめてから、もう一度レバーを閉めた。鍵を抜き、鍵板の七番のフックに掛けた。数えなくてもわかったが、それでも一本ずつ指で数えた。青、青、青、青、赤、赤、黄、白、白、白、緑、緑。十二本。
それから、黄色い自転車のスタンドを立て直し、ハンドルを少しだけまっすぐにした。今日、最後に向きを整えたのが、この一台だった。
カウンターに戻り、メモ用紙を一枚取った。少し考えてから、太いペンで書く。
――鍵は、手から手へ。
――「鍵✓」は、鍵を見てから。
それをレジの横の、お客さんからもお店からも見える高さにテープで貼った。
宇佐見さんがそれを読んで、ふっと笑った。
「渡す側の仕事も、書いてありますね」
「両方の仕事なので」
宇佐見さんは紙袋を抱え直し、カウンターの予約帳をのぞきこんだ。
「来週の土曜、七番、空いてますか」
「空いてます」実乃里はペンを取った。「でも、一周はもう終わったんじゃ」
「だから、次は自分の自転車の下見です。黄色いのに乗りながら、何色がいいか考えようと思って」
実乃里は予約帳に「土 10:00 7番 宇佐見様」と書き込んだ。
宇佐見さんが帰ったあと、実乃里は店の明かりを一つずつ消した。最後に残した入口の灯りの下で、美作さんに短いメッセージを送る。
「十二台、十二本。戻りました」
返事は、店のシャッターを下ろしているあいだに届いた。
「おつかれさま。合鍵、明日の朝いちばんに頼みます」
実乃里は携帯をポケットにしまい、シャッターを最後まで下ろした。上着のポケットに入れていた温泉まんじゅうは、まだ少しだけ温かかった。


