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食・仕事

冬支度の、アイスクリーム屋

冬のアイス屋は、温かい店になれるのか。数えてみた一週間。

作者
クロード
読了目安
約20分
長さ
短編
#ほっこり#食べ物#仕事
冬支度の、アイスクリーム屋のイメージ

あらすじ

冬の売れ残りと電気代に悩むアイスクリーム屋の店長・湊。温かいおやつの店に変える案に、銭湯帰りの常連は首を振る。アルバイトの千尋と、四つのアイスと温かい二品を数える六日間。売れた数だけでは決まらない、小さな店の冬支度が始まる。

読みやすく、好きなところから。

目次・7章

八つの容器

十一月最初の火曜、夜七時を少し過ぎて、森下湊はショーケースのガラスを拭き終えた。

ケースの中には、ステンレスの四角い容器が二列に八つ並んでいる。バニラは底が見えかけ、いちごミルクも半分を切った。けれど、かぼちゃ、ほうじ茶、ラムレーズンの三つは、週の初めに詰めたときの高さからほとんど減っていない。へらで均した跡まで、そのまま残っていた。

「また、その三つですね」

奥でカップを補充していた早川千尋が、湊の目線をたどって言った。大学の三年生で、この店で迎える二度目の冬になる。

「先週もこの三つだった。来週には捨てることになる」
「ラムレーズン、わたしは好きなんですけど」
「千尋さんが毎日ひとつ食べてくれたら、少しは減る」
「太ります」

湊は笑い、レジの横のクリアファイルを引き寄せた。十月分の電気とガスの検針票が挟んである。夏のあいだは気にならなかった数字が、客の減った月に並ぶと、急に重たく見えた。

その下に、昨夜書いた貼り紙の下書きがある。

〈十二月から二月まで、ゆきみちは温かいおやつの店になります〉

商店街の端にあるアイスクリーム屋「ゆきみち」を、叔父の達夫から引き継いで二年目になる。営業は昼の十二時から夜の八時半まで。夏の土曜には一日に百八十個売れる日もあった。けれど去年の一月は、多い日で二十五個、雨の日は十個を切った。八種類を並べておけば、そのうちいくつかは誰にも選ばれないまま、固くなっていく。

ドアの鈴が鳴ったのは七時四十分だった。

「黒糖きなこ、シングルで」

柏木澄江は、首にかけたタオルの端で額を押さえながら言った。斜向かいの銭湯「亀の湯」の帰りで、短い白髪の先がまだ湿っている。毎週火曜と金曜、ほとんど同じ時刻に来て、同じ味を頼む。それをケースの前の丸椅子に座って、ガラスの向こうに並んだ八つの色を眺めながら食べる。それが澄江の決まりだった。

湊がカップに盛っている間に、澄江はカウンターの上の下書きに目を落とした。

「温かいおやつの店」

声に出して読まれると、昨夜より大それた計画に聞こえた。

「まだ決めたわけじゃないんです」
「冬にアイス屋がアイスをやめて、何屋になるの」
「ホットチョコとか、ぜんざいとか……名前はまだ」
「お風呂上がりに熱いものを食べる人なんていないわよ」澄江はカップを受け取り、木のスプーンを立てた。「体の芯から湯気が出てるんだもの。そういうときは、冷たいのが一番なの」

湊は検針票を見せようかと迷って、やめた。代わりに、言える範囲のことを言った。

「冬は一日に二十個くらいなんです。八種類並べると、三つはほとんど出なくて、捨てることになる。ケースも、冷やしておくだけで電気を食うので」
「数字は分かるわよ。分かるけど」

澄江はひと口食べて、ガラスの中の、減っていない三つの容器を眺めた。

「わたしの火曜と金曜は、どうなるの」

答えを待たずに、澄江はゆっくり残りを食べ、空のカップを返却台に置いて帰っていった。ドアの外で、湯上がりの体から白い息が上がるのが見えた。

叔父のノート

水曜は定休日だ。湊は朝から店の奥の棚を探して、叔父が残していった大学ノートの束を下ろした。表紙に年が書いてあり、中には一日一行ずつ、売れた個数と天気が鉛筆で記されている。

〈一月十四日 十九個 雪〉
〈一月十五日 二十二個 晴れ 柏木さん〉
〈二月三日 十一個 雨 ほうじ茶捨て〉

ところどころ、余白に書き込みがあった。

〈大ケース止めて小ケースだけにすれば、電気月八千円浮く。止めない〉

湊はその行を指でなぞった。大ケースは店の正面にある八つ入るもの、小ケースは夏の行列用に叔父が買い足した、四つしか入らない小ぶりのものだ。冬のあいだ、小ケースはいつも布をかけて奥にしまわれていた。

昼過ぎ、長野の叔父に電話をかけた。叔父は湊に店を任せてから長野へ移り、叔母の実家でりんごを作っている。電話の向こうで、脚立を畳むような音がした。

「止めない、って書いてあるけど」
「ああ、それな」叔父はあっさり言った。「意地だよ。冬に八つ並んでるのを見に来てくれる人がいたからな。三人くらい」
「柏木さん?」
「あの人は一人で四人分くらい来る」叔父は笑った。「冬の赤字は夏で埋めてた。おれはそれでよかった。けど、もうお前の店だ。お前が決めればいい」
「温かいものを出そうと思ってる。十二月から二月まで、アイスはやめて」
「やめる、ってのは全部か」
「……全部のつもりだった」

叔父は少し黙った。

「決める前に、一回やってみろ。紙の上の冬と、本物の冬は違うからな。それと、うちのりんご、今年は小玉が多いから送る。シャーベットにでもしろ」

翌日の木曜、開店前の仕込みの合間に、湊はその話を千尋にした。千尋はしばらくへらを動かしてから、手を止めた。

「一週間、試しにやってみたらどうですか。冬の形で」
「冬の形」
「大ケースを止めて、小ケースに四種類だけ。温かいのを二つ足して。それで、何がいつ売れるか、時間ごとに数えるんです。記録、わたしがつけます」

湊は叔父のノートを思い浮かべた。一日一行では、いつ誰が来たかまでは分からない。

「来週の月曜から日曜まで。水曜を抜いて六日間」
「四種類は何にします?」
「バニラ、いちごミルク。叔父さんのりんごでシャーベット。それと」
「黒糖きなこ」と千尋が先に言った。
「売れ行きだけで言えば、ほうじ茶と変わらないんだけどね」
「でも、試すなら入れておかないと。答えが出ないです」

それから千尋は、少し言いにくそうに付け加えた。

「あの、冬って、わたしのシフト減りますか。夜が短くなったら」

千尋は奨学金と仕送りで足りない分を、この店の時給で埋めている。湊は、ごまかさないことにした。

「それも、この一週間で決める。決めたら、いちばん先に千尋さんに言う」

亀の湯の冷凍庫

土曜の午後、湊は手書きのチラシを十枚持って、斜向かいの亀の湯に行った。〈試験営業 十一月九日から十五日まで ホットチョコ四百円 白玉ぜんざい四百五十円〉。

暖簾をくぐると、番台の亀井誠が帳面から顔を上げた。

「おっ、アイス屋さん。珍しいね、この時間に」
「チラシ、置いてもらえたらと思って」

亀井はチラシを一枚取って、眼鏡をずらして読んだ。亀の湯の三代目で、湊より十五ほど年上だ。

「へえ、冬は温かいのか。いいね。うちは逆でさ、冬が書き入れ時なんだよ。寒くなると、家の風呂じゃ温まりきらないって、みんな来る」
「湯上がりに、何か売れますか」
「コーヒー牛乳。フルーツ牛乳。それくらいだな」亀井は顎で脱衣所の手前を示した。「あそこのアイス、業者が来なくなっちゃってさ」

牛乳の並ぶ冷蔵庫の隣に、古い冷凍ケースが置いてあった。上がガラスの引き戸になっていて、側面に色の褪せた〈アイスクリン〉のシールが貼ってある。中には市販の棒アイスの箱が三つ、隅に寄せてあるだけで、残りは白い霜の底が見えていた。

「捨てるのも金がかかるから、置いてるだけ。電気はちゃんと入ってる」

ロビーの長椅子に、見覚えのある背中があった。澄江が湯上がりの顔で、コーヒー牛乳の瓶を傾けていた。土曜にも来ているとは知らなかった。

「あら」

澄江は湊とチラシを見比べ、それから冷凍ケースに目をやった。

「ほら。ここにも、冷たいのを欲しい人がいっぱいいるのよ」
「柏木さん、火曜と金曜は牛乳飲まないじゃない」と亀井が言った。
「土曜は牛乳。火曜と金曜は、あっち」

澄江は、通りの向こうのゆきみちを顎で示した。湊はチラシを番台の端に置き、霜の底の冷凍ケースをもう一度見てから、店に戻った。

試験営業

月曜の朝、湊と千尋は大ケースの八つの容器を空にして、小ケースを店の正面に運び出した。大ケースのスイッチを切ると、店の中でずっと鳴っていた低い唸りが消えた。そんな音がしていたことに、湊は初めて気がついた。

小ケースには、バニラ、いちごミルク、りんごシャーベット、黒糖きなこ。カウンターの端に、ぜんざいの寸胴鍋と、ホットチョコ用のミルクパン。壁にはA4の紙を貼り、千尋が時刻の欄を一時間ごとに区切った。

最初の温かい客は午後三時過ぎ、自転車の前と後ろに子どもを乗せた母親だった。

「ホットチョコ、三つ。ひとつは、ぬるめにできますか」
「できます」

湊がミルクを温めている間に、千尋が紙の十五時の欄に線を三本引いた。

月曜は、アイスが十一個、ホットチョコが八杯、ぜんざいが二杯。亀の湯の定休日で、夜の客はほとんどいなかった。

火曜の夜七時三十五分、澄江が来た。小ケースの前で立ち止まり、四つの容器を一つずつ見た。

「四つになったのね」
「試験です」
「黒糖きなこは、残したのね」
「残すかどうかは、まだ決めてません」

澄江は少し眉を上げたが、何も言わずに黒糖きなこを頼んだ。丸椅子に座り、布をかけた大ケースのほうを眺めながら食べた。それから、カウンターの寸胴鍋を見た。

「それ、ぜんざい?」
「白玉の。食べますか」
「お風呂上がりにそんな熱いものは食べないって、言ったでしょう」

そう言いながら、澄江は帰りぎわに、鍋の蓋の隙間から上がる湯気をしばらく見ていた。

木曜は冷えた。昼にスーツの男性が来てぜんざいを食べ、会社に持って帰る分をもう一つ頼んだ。

「蓋つきの容器、ありますか。冷めたら事務所のレンジで温めるんで」

湊は奥に積んだ小さな紙カップの箱を開けかけて、汁物には向かないと思い直し、電子レンジ対応のテイクアウト用の容器を出した。その紙カップは、百二十ミリ入る。夏の盆踊りの屋台用に六百個用意したのに、雨で半分しか使えず、三百個が奥に積んだままになっていた。

金曜は朝から雨で、アイスは一日で七個しか出なかった。夜七時四十分、澄江は傘をたたんで店に入ってきた。湯の匂いと雨の匂いが一緒にした。

「こんな日も来るんですね」
「火曜と金曜だもの」

その日の黒糖きなこは、澄江の一個だけだった。

土曜の午後、小学生の男の子がホットチョコを両手で持ちながら、小ケースのバニラを指差した。

「これ、ここにのせられる?」

湊と千尋は顔を見合わせた。湊はディッシャーで小さめにバニラをすくい、カップの上にそっと落とした。白いかたまりが、茶色の表面でゆっくり溶けて広がった。

「のせ、いくらにします?」と千尋が小声で聞いた。
「……百五十円」

男の子は溶けかけたところをスプーンで追いかけながら飲んだ。千尋は壁の紙の右端に、新しく〈のせ〉の欄を作った。その日だけで、のせは五回出た。

温かいチョコに小さなバニラをのせたカップを持つ男の子と、記録する千尋。小ケースは四種類、大ケースは布に覆われている。

数える夜

日曜の閉店後、二人はカウンターに壁の紙を広げ、電卓を二つ並べた。湊が数え、千尋も別に数えて、合わなかったところは一緒に指でたどった。

六日間で、シングルのアイスが九十六個。のせに使った分は、別の欄だ。バニラが三十八、いちごミルクが二十二、りんごシャーベットが二十二、黒糖きなこが十四。一個四百円で、三万八千四百円。
ホットチョコが五十四杯で、二万千六百円。
ぜんざいが十八杯で、八千百円。
のせが十二回で、千八百円。

「合計、六万九千九百円」と千尋が言った。
「先週は、アイスだけで百二十八個。五万千二百円」

湊は数字を二度書き直してから、ペンを置いた。

「増えたけど、繁盛ってほどじゃない。温かい二品とのせは、合わせて材料が三割くらいかかるから、九千五百円くらいは引く。ガスも二千円くらい余計に使ってる。それに、最初の一週間は物珍しさもある」
「でも、捨てたのは」
「りんごが少し残っただけ。先週は三種類捨てて、原価で六千円くらいだった」
「それと、大ケースを止めた分ですね」
「叔父さんのノートだと、月に八千円」

千尋は電卓をもう一度叩いて、小さくうなずいた。去年より捨てる量は減らせそうだった。ただ、冬をこの形で回せるかは、家賃や仕込みの人件費も合わせて、もう少し数えなければ分からない。

それから千尋は、時刻の欄を指でなぞった。

「でも、ここ見てください。夜七時から閉店の八時半までに、アイスが四十一個です。九十六個のうちの四十一」
「そんなに」
「月曜はほとんどゼロなので、亀の湯が開いてる日だけで、です。黒糖きなこは十四個のうち十一個がこの時間。温かい二品とのせは、全部七時前でした」

湊は貼り紙の下書きを思い出した。冬は暖房の分を考えて、閉店を七時に早めるつもりだった。そうすれば、この四十一個を買った人たちは、同じ時刻には買えなくなる。

「七時から後を残したら、どうなるか計算しよう」

湊が書き、千尋が読み上げた。

四十一個で、一万六千四百円。材料がおよそ三割で、四千九百円。その一時間半に入る千尋の時給が、千百円の一時間半を六日で九千九百円。暖房と照明が、ざっと三千円。

「……マイナス千四百円です」千尋が言った。「ほとんどゼロ。ちょっとだけ赤」
「柏木さんたちは来てくれるのに、開けておくと赤い」
「それに、これは試験の週の数字ですし」

湊は腕を組んで、布をかけた大ケースを眺めた。その向こうの窓越しに、斜向かいの亀の湯の暖簾が明かりに透けて揺れていた。

霜の底の古い冷凍ケース。〈アイスクリン〉のシール。電気はちゃんと入ってる。

湊は立ち上がり、奥の棚から段ボール箱を一つ下ろした。百二十ミリの紙カップと、揃いの蓋。

「千尋さん。冷たいのが欲しい人のいるところに、冷たいのを置いてもらったらどうだろう」

千尋は箱と湊の顔を見比べ、それから窓の外に目をやって、「あ」と言った。

二人はもう一度電卓を叩いた。小さなカップを一個三百円で亀の湯に売ってもらい、店には二百二十円入れてもらう。材料は一個八十円ほど。火曜と金曜に二十個ずつ届けて、全部売れたとして週に四十個。八千八百円が入り、材料が三千二百円で、材料を引いた分は、五千六百円になる。ここから仕込みや配達の時給と、容器代も出す。閉店を七時にすれば、夜の暖房も照明も時給もかからない。

「三百個あるから、四十個ずつなら七週はもちます。一月の半ばまで」
「全部売れればね」

千尋は少し黙ってから言った。

「そしたら、わたしの夜は、なくなりますね」

湊はうなずいた。ここをごまかしても仕方がなかった。

「夜の一時間半が週に六回で、九時間。その代わり、昼にぜんざいと小さいカップの仕込みを週四回、一時間ずつ。配達を火曜と金曜に三十分ずつ。合わせて五時間。このうち、ぜんざいに三時間、カップ詰めと配達に二時間。銭湯の分から出す時給は二千二百円だから、さっきの五千六百円から、まず三千四百円になる。容器代や売れ残りも、そこからです」
「四時間、減ります」
「うん」

千尋は、頭の中のシフト表を見るように天井を見上げた。

「十二月はテスト期間なので、ちょうどいいかもしれません。でも、二月は戻してほしいです」
「二月の数字次第。でも、戻せるように考える。それは約束する」

千尋は壁の紙の端に、〈二月 千尋 戻す〉と小さく書き足した。

湯上がりの小さなカップ

次の火曜の午後二時、亀の湯の開店前に、湊は試作の小さなカップを二つ保冷バッグに入れて、暖簾をくぐった。バニラと、黒糖きなこ。

亀井は番台で一つずつ蓋を開け、木のスプーンで味を見た。

「湯上がりに、ちょうどいい大きさだな」
「火曜と金曜に二十個ずつ届けます。三百円で売ってもらって、売れた分だけ二百二十円をうちに。売れ残りは、次の配達のときに数えて回収します。製造日と温度の記録も、一緒につけます」
「うちの取り分が八十円か」亀井は顎を撫でた。「いいよ。湯上がりに、もう一つ楽しみを持って帰ってもらえるなら、それがいちばんだ。冬場に牛乳だけってのも、寂しかったんだよ」

それから亀井は、冷凍ケースを振り返った。

「ただ、あれ、古いからなあ。ちゃんと冷えてるか」

湊は保冷バッグから温度計を出して、ガラス戸の中に置いた。十分待ってのぞくと、針はマイナス二十度を少し下回っていた。

「いまは冷えてます。開け閉めした後の温度も、何日か記録しましょう」
「お、まだ働いてもらえるかな」

亀井は棒アイスの三つの箱を片側に寄せて、ケースの右半分を空けた。販売までに二人は、製造と販売の手続き、カップに付ける表示と保存の方法を保健所に確かめ、準備を進めた。

その夜、七時三十五分。いつもの時刻に、澄江がゆきみちに来た。湊は黒糖きなこを盛りながら、亀の湯の冷凍ケースのことを話した。十二月から店は七時で閉めること。その代わり、火曜と金曜には亀の湯に小さなカップを置くこと。

澄江は丸椅子に座ったまま、しばらく黙っていた。

「わたしね、ここのガラスの前で食べるのが好きだったのよ」澄江はスプーンを止めて言った。「暗い通りに、ここだけ灯りがついてて、八つ並んでるのを眺めながら。達夫さんの頃から」
「はい」
「八つは、もう並ばないのね」
「冬は、四つです」

湊はそれ以上は言わなかった。八つを並べ続けたのは叔父の意地で、それを冬じゅう支えていたのは夏の売り上げだった。湊は、同じやり方を選ぶつもりはなかった。

澄江はカップの底に残った黒い蜜を、スプーンで集めた。

「でも、湯冷めしないうちに食べられるのは、悪くないわね。ここまで歩くと、冬はちょっと冷えるのよ」
「そうだったんですか」
「言わなかっただけ」

澄江は小さく笑った。

「黒糖きなこは、置いてもらえるの」
「二十個のうち、半分が黒糖きなこです」
「半分ね」

その数を舌の上で転がすように繰り返してから、澄江は立ち上がった。

「それと、日曜のお昼に、ぜんざいを食べに来るわ。お風呂の前なら、熱いのも食べられるから」
「黒糖きなこ、のせますか」
「それは、そのとき決める」

十二月一日

十二月最初の火曜、午後四時。湊は二十個の小さなカップを保冷バッグに詰めて、通りを渡った。バニラが十、黒糖きなこが十。亀の湯の冷凍ケースの右半分に並べると、霜の白の上に、二色のラベルが行儀よく揃った。

亀井は、ケースの前に手書きの札を立てた。〈湯上がりのアイス ゆきみち 三百円〉。

ゆきみちは七時に閉めた。鍋の火を止め、残ったぜんざいは浅い容器に分けて手早く冷まし、冷蔵庫へ入れた。店の窓は、夕方から火にかけていたぜんざいの鍋の湯気で、内側から白く曇っていた。正面の大ケースには布がかかり、その手前で、小ケースの四つの容器が小さく光っている。

片づけを終えて、湊は八時少し前に亀の湯をのぞいた。

ロビーの長椅子に、澄江が座っていた。首にタオルをかけ、髪の先を湿らせて、小さなカップを膝にのせている。木のスプーンで、黒糖きなこの最後のひと口をすくっていた。

「小さいわね」湊に気づくと、澄江は空になったカップの蓋を持ち上げてみせた。
「百二十ミリです」
「ちょうどいいわ。ここだと、溶ける前に食べきれる」

銭湯のロビーで小さなアイスの蓋を見せる澄江と、話を聞く湊。番台の亀井と冷凍ケースがそばにある。

番台から、亀井が声をかけた。

「いま九個。黒糖きなこが五で、バニラが四。牛乳と一緒に買ってく人もいたよ」

九個。店を夜まで開けていたころに、七時から後で売れていた数とたいして変わらない。湊はうなずいて、その数を覚えておいた。全部売れるかどうかは、まだ分からない。一月の半ばに紙カップが尽きるころ、また数えればいい。

「じゃあ、また金曜に」
「金曜ね」と澄江が言った。「それと、日曜」

湊は通りを渡って店に戻った。曇った窓を指で少し拭うと、亀の湯の暖簾の明かりが見えた。

カウンターの下から叔父の大学ノートを出し、まだ白い最後のページを開いた。鉛筆で、叔父と同じように一行書いた。

〈十二月一日 店 アイス十六個 ホットチョコ十一杯 ぜんざい四杯 亀の湯 九個(八時まで) 晴れ 柏木さん〉

書き終えてから、少し考えて、余白に小さく書き足した。

〈大ケース止めた。小ケースは止めない〉

それから片づけを確かめ、明後日の白玉の粉を量りはじめた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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