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ミコシリーズ第14話
コメディ・日常

手加減しないって、言ったから

予習してきたゲームで負けて、知らないゲームで勝った土曜日。

読了目安
21分
長さ
短編
#くすっと笑える#友だち#ゲーム
手加減しないって、言ったからのイメージ

あらすじ

「次はミコの番」の約束を果たすため、ミコは友人のゆかりをボードゲームの店へ誘う。時刻を書いたしおりを用意して、電車の遅れや冷たい風まで謝ってしまうミコ。けれど本気のゆかりは、手加減してくれない。しおりにないゲーム、十秒のタイマー、取れない延長。くやしくて、楽しくて、少し疲れた一日。ミコシリーズ第14話。

第一章 しおり

十一月最後の土曜日の朝、ミコは台所のテーブルで、コピー用紙を一枚、半分に折った。

表に、ボールペンで〈ゆかりと ボードゲーム〉と書いた。
書いてから、小学校の遠足のしおりみたいだと思った。少し恥ずかしかった。でも、もう書いてしまったので、中を開いて、時刻を書きこんだ。

〈12:40 天神 待ち合わせ(大きい時計の下)〉
〈13:00 こまどり 入店(二時間)〉
〈13:05 ひなたの縁側(説明:わたし)〉
〈13:45 ワッフル〉
〈14:00 ことりの郵便〉
〈14:20 灯台守の夜(四十分くらい)〉
〈14:45 写真(二人で。きれいに)〉
〈15:00 お店を出る → 解散?〉

最後の「?」だけ、書くのに時間がかかった。

こまどりは、天神の裏通りにある、ボードゲームを遊べる店だ。ビルの三階で、壁一面の棚に、三百くらいの箱が並んでいる。十一月の初め、会社の第二会議室でカードゲームをした帰り道に、ミコは電車の中でその店を見つけた。予約のページを開いて、閉じて、三日後にまた開いて、ゆかりに送った。

〈次のわたしの番、ここにしたい〉

ゆかりの返事は、四秒くらいで来た。

〈行く。手加減せんけんね〉

それから三週間、ミコは店の案内を何度も読んだ。
二時間制。延長は、次の予約がない場合だけ、三十分ごと。写真は、自分たちの卓だけ。ほかのお客さんが写らないように。飲み物と食べ物の持ちこみはできない。
読むたびに、同じところでうなずいた。

本部のホワイトボードには、いちばん上に大きく、こう書いてあった。

〈ミコの番 = ミコの係〉

その下に、シンパイが細かい字で並べていた。

〈店がうるさい〉
〈ルールの説明がわかりにくい〉
〈ワッフルが売り切れ〉
〈ゆかりが、つまらない〉
〈天気〉
〈電車〉

「電車は」とダイジョブが言った。「ミコの係じゃないと思います。鉄道会社の係です」

「でも、ミコが天神を選んだから、ゆかりさんは小倉から電車に乗るんです」とシンパイは言った。「選んだ人の係です」

キオクが、リモコンを押した。
モニターに、八月の夕方の海が映った。白玉を食べたあとの、帰り道のゆかりの声。

〈次はミコの番ね。行き先、一個決めといて〉

もう一回押すと、今月の初め、帰りの電車の中で見たスマートフォンの画面になった。

〈手加減とか、せんけんね〉

「番が来たんです」とキオクは言った。「決めました。行き先は、もう決まっています」

「決めたら、終わりじゃないんです」とシンパイは言った。「決めてからが、長いんです」

ハラヘッタは、店のメニューの写真を見ていた。

「はちみつとバターのワッフル、半分ずつにできるって書いてありました」

それは、ミコも三回読んだところだった。
パイプ椅子の上では、ネムイが、濃紺のフードを目の上まで下ろして眠っていた。

いつもの青緑の上着の下に、灰色のセーターを着こんだ。黒いワイドパンツに、灰色のスニーカー。生成りのトートの内ポケットには、濃紺のお守りが入っている。首には、去年から使っている生成りのマフラーを二重に巻いた。

しおりは、トートのいちばん上に入れた。
一度出して、時刻をもう一回見て、また入れた。

第二章 ひなたの縁側

十二時四十分、天神の大きな時計の下に、ゆかりはいなかった。

十二時四十四分、スマートフォンが震えた。

〈ごめん! 小倉で一本乗り遅れた 十分くらい遅れる〉

ミコは、すぐに打った。

〈ごめんね、遠くまで来てもらって〉

送ってから、何に謝ったのか、自分でもよくわからなかった。
本部では、シンパイが〈電車〉の横に、小さな丸をつけていた。

十二時五十二分、短い髪を風に立てたゆかりが、改札のほうから走ってきた。片手に、紙袋をさげていた。

「ごめんごめん。はい、これ」

紙袋の中には、栗の絵が描いてある小さな箱が入っていた。

「小倉の駅で、これ買いよったら、乗り遅れた」

「え」

「だけん、遅れたのはわたしのせい。しかもお菓子のせい」ゆかりは笑った。「なんでミコが、ごめんねって送ってくると?」

「なんでだろう」

ミコは本当にわからなくて、そう言った。ゆかりはもっと笑った。

裏通りに入ると、ビルのあいだを冷たい風が抜けていった。ミコはマフラーに顎をうずめて、言った。

「寒いね。ごめん」

ゆかりが立ち止まった。

「風も、ミコの係なん?」

本部で、ダイジョブが手をたたいて笑った。シンパイは、ホワイトボードの〈天気〉の字を、じっと見ていた。

こまどりのドアには、小さな鈴がついていた。

中は、図書館を小さくしたみたいだった。壁の棚に、四角い箱が背表紙を見せて並んでいる。木の机が六つ。窓ぎわの二つには、もうお客さんがいて、さいころの転がる音がしていた。

エプロンに、さいころの形のピンをつけた店員さんが、名簿を見た。三十代くらいの女の人で、名札には〈野中〉とあった。

「齋藤さま、二名さまですね。十五時までです。延長は、次のご予約がなければお受けできますので、そのときはお声がけください。お写真は、こちらの卓の中だけでお願いします」

「はい」

ミコは、読んできたとおりのことを聞いて、読んできたとおりにうなずいた。

案内されたのは、奥の壁ぎわの席だった。後ろは棚で、窓ぎわの卓からは少し離れている。
ミコはマフラーをはずすと、上着も脱がずに、まっすぐ棚の〈ひ〉の段へ行った。

『ひなたの縁側』の箱は、しおりに書いた場所に、ちゃんとあった。

「ミコ」とゆかりが、席から言った。「今日、店の人みたい」

「え、そう?」

「来た瞬間から、どこに何があるか知っとるやん」

野中さんが、お水を二つ持ってきた。

「ルールのご説明、しましょうか」

「あ、大丈夫です」とミコは言った。「予習してきたので」

言ってから、急に心臓が速くなった。
予習してきた、と、言ってしまった。

箱を開けると、木でできた小さな猫が八匹出てきた。白が四匹、黒が四匹。耳のところだけ、少し丸くけずってある。
板には、古い家の縁側が描いてあって、座布団が五枚、横に並んでいた。

「わたし、黒がいい」とゆかりが言った。「強そう」

「じゃあ、わたし白」

ミコは、店のホームページで読んだ説明を思い出しながら話した。

「順番に、猫を一匹ずつ、好きな座布団に座らせるの。おたがい一匹ずつ置いたら、この、おひさまのカードを一枚めくる。日が当たった座布団に座ってる猫だけ、一匹一点。点になった猫も、その座布団に残る。手元の四匹を置ききったら、置いてある猫を一匹、別の座布団へ動かすの。それを六回」

「おひさまって、どこに当たると?」

「カードによって違うの。でも、端の座布団に当たりやすいって、お店のブログに書いてあった」

「ブログまで読んだと」

「読んだ」

ゆかりは、黒い猫を一匹つまんで、座布団の上で迷わせた。

「この子は、真ん中が好きそう」

そして、真ん中に置いた。

ミコは、ブログのとおり、左の端に白い猫を置いた。
一枚目のおひさまは、真ん中に当たった。

「おひさまも、真ん中が好きっちゃね」

二枚目も、真ん中と、その隣だった。
三枚目で、ようやく右の端に光が当たった。ミコの猫は、左の端に座っていた。

本部では、シンパイが〈ルールの説明がわかりにくい〉の横に、丸をつけようとしていた。

「説明は、わかりにくくありませんでした」とキオクが言った。「ゆかりさんは、一回で覚えています」

「じゃあ、何が」

「おひさまです」とダイジョブが言った。「おひさまの係です」

四回目、ゆかりは、黒い猫をつまんだまま手を止めた。

「ねえ、同じ座布団に、二匹乗せたらいかんと?」

「えっと」

ミコは、ブログを思い出そうとした。思い出せなかった。そこは、読んでいなかったのかもしれない。

「……わからない」

「大丈夫ですよ」

通りかかった野中さんが、お盆を持ったまま言った。

「親子猫になります。上に乗せられます。日が当たったら、二匹ぶんです」

「やった」

ゆかりは、真ん中の黒い猫の上に、もう一匹を乗せた。小さな猫が、大きな猫の背中で丸くなっているように見えた。
おひさまは、また真ん中に当たった。

六回が終わって、ゆかりが九点、ミコが三点だった。

「ごめん」

ミコは言った。

「わたしが選んだのに。説明も、途中でわからなくなって」

ゆかりは、黒い猫を指でころがしながら、眉を寄せた。

「なんで謝ると。わたし、勝ったっちゃけど」

「うん」

「謝られたら、勝った気がせんやん」

それは、どこかで聞いたことのある話だった。会社の会議室で、北島さんが言っていた。わざと負けてもらうのが、いちばん腹が立つ、と。
ミコはわざと負けたわけではない。でも、負けたあとに謝るのも、少し似ているのかもしれなかった。

「手加減せんって、言ったけんね」とゆかりは言った。「わたし、ちゃんとせんかったよ」

ミコは、白い猫を四匹、手のひらにのせた。
負けたことより、左の端にばかり座らせた自分の猫が、なんだか気の毒だった。
それから、胸の奥で、別の何かがむくむくとふくらんできた。

「……あとで、もう一回やりたい」

ゆかりは、にやっと笑った。

「受けて立つ」

はちみつとバターのワッフルは、売り切れていなかった。
一枚を半分に切ってもらって、ココアを二つ頼んだ。

「おいしい」とゆかりが言った。

本部で、ハラヘッタが両手を上げた。シンパイは、〈ワッフルが売り切れ〉の行に、静かに線を引いた。

ミコは、ゆかりのココアのカップを見た。湯気が、さっきより細くなっている気がした。
ぬるくなっていないか、聞こうとして、やめた。ゆかりは、ワッフルの角のいちばん甘いところを、うれしそうに食べていた。

第三章 ほんとの金魚

十三時五十分、ミコは、しおりの二つめ、『ことりの郵便』を取りに棚へ行った。
〈こ〉の段で箱を見つけて振り返ると、ゆかりも、別の棚の前にいた。

「ミコ、これ」

ゆかりが持っていたのは、手のひらくらいの、小さな箱だった。ふたに、金魚が二匹描いてある。赤いのと、黒いの。どちらも、少し目つきが悪い。

「絵がかわいい。これしたい」

『ほんとの金魚』。しおりには、書いていない。

ミコは、手の中の『ことりの郵便』を見た。それから、トートの中のしおりのことを考えた。
本部で、シンパイが言った。

「予定に、ありません」

「ないですね」とダイジョブが言った。

「ないです」とキオクも言った。

ネムイは、寝返りを打った。

「やろう」とミコは言った。

『ことりの郵便』を棚に戻すと、少しだけ、肩が軽くなった。
しおりは、トートの中から、もう出てこなかった。

ミコは、カウンターへ行った。

「すみません。これの説明、お願いしてもいいですか」

「はい、もちろん」

予習していません、と言わなくても、野中さんは来てくれた。

箱の中には、小指の先くらいの木の金魚が、赤と黒で一匹ずつ。それから、小さな紙コップが一つ入っていた。

「隠す人は、見えないように、どちらか一匹をコップの下に入れます」と野中さんは言った。「それから、『赤です』とか『黒です』とか言います。本当のことを言っても、うそを言ってもいいです」

「うそ、いいんですか」とミコは聞いた。

「いいんです。当てる人は、『ほんと』か『うそ』かを言います。当たったら、当てた人に一点。外れたら、隠した人に一点。交代しながら、先に五点取ったほうが勝ちです」

「簡単やん」とゆかりが言った。

野中さんは、にこにこして、カウンターに戻っていった。

簡単ではなかった。
少なくとも、ゆかりにとっては。

「赤です」

ゆかりがそう言うたびに、鼻の頭がひくっと動いた。
二回目で、ミコは気づいた。三回目で、確かめた。

「うそ」

コップを上げると、黒い金魚だった。

「なんで!」

ミコは、何も言わなかった。言ったら、次から鼻を押さえられてしまう。

「黒です」

ミコが言う番になると、ゆかりは、ミコの顔をじっと見た。
じっと見て、首をかしげて、もっと見た。

「ミコ、ずっと同じ顔しとる」

「そう?」

「ほんとのときも、うそのときも、困った顔しとる!」

「困ってないよ」

それは本当だった。ミコは、まったく困っていなかった。
むしろ、楽しかった。ゆかりが、自分の顔を、こんなに真剣に見ている。

本部では、キオクがモニターに、昔の場面をいくつか並べていた。病院の白い待合室。忘年会の受付。電話をかける前の、自分の部屋。どのミコも、少し困った顔をしていた。

「生まれつきです」とキオクが言った。

「役に立つ日が、来ましたね」とダイジョブが言った。

ゆかりが隠す番になった。

ゆかりは、両手で囲いを作って、背中を丸めて、金魚をコップの下に入れていた。時間がかかった。
待っているあいだ、ミコの目は、またゆかりのココアのほうへ行っていた。もう湯気は出ていなかった。

〈ゆかりが、つまらない〉

本部のホワイトボードで、シンパイの指がその行をなぞった。

「ゆかりさん、ほんとに楽しいんでしょうか。負けてますし。ココアも冷めてますし。ミコが選んだお店で、ミコが選ばなかったゲームで、ミコが勝ってるんです」

パイプ椅子のほうから、小さな声がした。

「番って」

ネムイが、フードの中で、片目だけ開けていた。

「回ってくるやつですよ」

シンパイが振り向いた。

「今は、ゆかりさんの番です」とネムイは言った。「ミコは、待ってればいいんです。ゲームって、そういうものでしょう」

それだけ言って、また目を閉じた。

ミコは、ココアから目をはなした。
ゆかりが、背中を丸めたまま、こちらを見た。

「……赤、です」

鼻の頭が、動かなかった。
ミコは、ゆかりの顔を見た。ゆかりも、ミコの顔を見た。ゆかりの口の端が、少しだけ上がっていた。

「ほんと」

コップの下は、黒だった。

紙コップを両手で囲って真剣に考える短髪のゆかりと、少し困った顔のまま口元を笑わせるミコ。卓には赤い金魚とココアが並ぶ。

「やったー!」

ゆかりが、両手を上げた。窓ぎわの卓の人が、ちらっとこちらを見て、すぐにさいころに戻った。ゆかりは、肩をすくめて、声を小さくした。

「鼻、動かさんでもいけた」

「ばれてたの、知ってたの?」

「途中から。ミコ、三回目から、わたしの鼻ばっかり見よったもん」

ミコは、顔が熱くなった。
待っているあいだ、ゆかりも、ちゃんと自分の番を考えていたのだ。

それでも、最後は、ミコの困った顔が勝った。最後の一回、ミコは「赤です」と言って、コップの下に黒を入れていた。ゆかりは「ほんと」と言った。
五対二だった。

「もう一回!」とゆかりは言った。

「縁側のリベンジが、先」とミコは言った。

「くやしー。ミコの困った顔、ずるい」

「生まれつきだから」

ゆかりが噴き出した。ミコも笑った。笑いながら、ミコは自分の声に少し驚いていた。今の言い方は、ちょっとだけ、いばっていた。

第四章 十秒

壁の時計は、十四時二十八分だった。

しおりでは、写真は十四時四十五分だった。でも、しおりの十四時二十分にあった『灯台守の夜』は、まだ棚の中だ。遊ぶはずのゲームが、予定の時刻になっても棚に残っていた。

「ゆかり、写真、今撮ってもいい?」

「撮ろ撮ろ」

ミコは、卓の上を見回した。
後ろは棚で、窓ぎわの卓は、カメラを向ける方向の外にある。店の案内に書いてあったとおり、ほかのお客さんは写らない。ミコは一度スマートフォンの画面をのぞいて、それから、もう一度確かめた。

立てかける場所は、『ほんとの金魚』の小さな箱しかなかった。
ミコはスマートフォンを箱に立てかけて、十秒のタイマーを押した。急いで戻って、ゆかりの隣に座った。

カシャ、という音がした。

画面には、天井の照明が写っていた。スマートフォンは、箱からすべって、仰向けに倒れていた。

「照明、きれいに撮れとる」とゆかりが言った。

二回目は、『ひなたの縁側』の大きな箱を立てて、その前に金魚の箱を置いて支えにした。
十秒。
ミコとゆかりは、背筋を伸ばして、まっすぐカメラを見た。

画面には、肩をそろえて座った二人が写っていた。どちらも、口を結んで、両手を膝に置いていた。

「証明写真やん」

「免許の更新みたい」

ミコは画面を見ながら、しおりの字を思い出した。〈二人で。きれいに〉。
これは、二人で、きれいだった。でも、何かが違った。

本部で、シンパイが言った。

「三回目です。三回目で、ちゃんとしたのを撮らないと。ミコの番なんですから、写真も、ミコの係です」

「十秒しかないんです」とダイジョブが言った。「十秒で、ちゃんとなんて、できますか」

ミコは、もう一度タイマーを押した。
戻って、座って、カメラを見た。九、八、と頭の中で数えていると、隣でゆかりが言った。

「ねえ。金魚の最後の。わたしが『ほんと』って言うの、わかっとったと?」

「教えない」

「えー! なんで!」

「手加減しないって、言ったから」

ゆかりが、ミコのほうを向いて口を大きく開けた。ミコは、ゆかりのほうを向いて、目を細くして笑っていた。

カシャ。

画面の中の二人は、どちらもカメラを見ていなかった。
横を向いて、おたがいの顔を見て、一人は口を開けて、一人は笑っていた。卓の真ん中に、空になったワッフルのお皿と、赤い木の金魚が一匹、写っていた。

ボードゲームの卓で隣り合い、カメラではなくお互いを見て笑うミコとゆかり。手前には箱に支えたスマートフォンと空のワッフル皿がある。

「あ、こっち見てない」とミコは言った。「もう一回」

「これがいい」

ゆかりは、画面をのぞきこんだまま言った。

「これ、わたしたちっぽい」

ミコも、もう一度見た。
しおりの〈きれいに〉とは、全然違った。でも、ミコがこの三週間、思い浮かべていた写真に、いちばん近い気がした。思い浮かべていたことにさえ、気がついていなかった写真だった。

「……うん。これがいい」

本部で、キオクが、その写真をモニターのいちばん大きいところに映した。
八月の海の思い出の、隣だった。十月にゆかりが送ってくれた、写真を撮っているミコの写真の、そのまた隣だった。

残りは、三十分を少し切っていた。

『灯台守の夜』は、箱の横に〈四十分〜〉と書いてあった。『ひなたの縁側』は、さっき二十分くらいで終わった。

ミコは、カウンターへ行った。

「すみません。延長って、できますか」

野中さんは、名簿を見て、少しすまなそうな顔をした。

「ごめんなさい。この卓、十五時から次のご予約が入ってるんです」

「あ、そうですよね。わかりました」

案内に書いてあったとおりだった。ミコは、ちゃんとうなずけた。
席に戻ると、ゆかりが聞いた。

「どうする?」

ミコは、棚の『灯台守の夜』を見た。それから、卓の上の、白い猫を見た。
決めるのは、ミコだった。ゆかりを楽しませるためでも、しおりのためでもなかった。

「縁側。リベンジする」

「しおりは?」

「しおりの三つめは、今日は、なし」

ゆかりは、黒い猫を四匹、自分の前に並べた。

「手加減せんよ」

「わたしも」

二回目の『ひなたの縁側』で、ミコはブログのことを忘れた。
白い猫を一匹つまんで、座布団の上で迷わせて、なんとなく、右から二枚目に置いた。この子は、ここが好きそうだった。

おひさまは、右から二枚目に当たった。

「あっ」

ミコの声が、思っていたより大きく出た。窓ぎわの卓の人は、今度はこちらを見なかった。

四回目、ミコは、白い猫の上に、もう一匹を乗せた。親子猫だ。
おひさまが当たって、ミコは、両手を握りしめた。

それでも、ゆかりは強かった。最後の二回、おひさまは真ん中に戻ってきて、真ん中には、ずっと黒い猫が座っていた。

五対八で、ミコの負けだった。

「くやしい」

ミコは言った。言いながら、自分が笑っていることに気づいた。
くやしいのと、楽しいのが、同じところにあった。押しあっているのではなく、並んで座っていた。

「さっきより、ずっと強かった」とゆかりが言った。「真ん中、取られるかと思った」

「次は取る」

十四時五十五分、二人で猫を数えて、白を四匹、黒を四匹、布の袋に戻した。金魚の赤と黒も、紙コップと一緒に箱に入れた。ミコは二つの箱を、それぞれの棚の、もとの場所に戻した。
会計をして、ドアを開けると、階段のところに四人連れのお客さんが待っていた。ミコとゆかりは、小さく頭を下げて、すれちがった。

鈴の音が、後ろで鳴った。十五時ちょうどだった。

ビルを出ると、さっきより空が白くなっていた。

しおりの最後の行は、〈15:00 お店を出る → 解散?〉だった。
ミコは、トートの中のしおりを、出さずに思い出した。

「ゆかり、帰りの電車、何時?」

「決めとらん」とゆかりは言った。「まだ帰らんよ。誰が解散って言ったと」

「しおりが」

「しおり!」

ゆかりが、声を出して笑った。

「作ったと? しおり」

「……作った」

本部で、シンパイがホワイトボードの前でおろおろした。〈15:00〉のあとには、何も書いていなかった。

「予定が、ありません。次を決めないと。ミコの番なんですから」

「でも」とダイジョブが言った。「さっき、ミコの番は、ちゃんと回りましたよ」

ネムイは、もう眠っていた。

ミコは、スマートフォンで近くのお店を探そうとして、指を止めた。

「ゆかり。わたしの番、ここで終わりにしてもいい?」

「よかよ」

ゆかりはすぐに言った。

「じゃあ、ここからは、なんの番?」

「……どっちの番でも、ない番」

二人は、どちらが先ともなく歩きだした。
角を曲がったところで、甘いにおいがした。公園の入口に、焼き芋の屋台が出ていた。

「あ」とゆかりが言った。

「わたしも、今、思った」とミコは言った。

本部で、ハラヘッタが、だまって深くうなずいた。

公園のベンチで、一本の焼き芋を半分に割った。湯気が、冷たい空気の中で、白く立った。

「疲れた」

ミコは言った。言ってから、自分で少しびっくりした。今日、ゆかりの前で、初めて言った気がした。

「わたしも」とゆかりが言った。「金魚、頭使った」

「楽しかった」

「わたしも」

「くやしい」

「それは、わたしもやけん」ゆかりは焼き芋をかじった。「で、わかっとったと?」

「教えない」

ミコはスマートフォンを出して、さっきの三回目の写真を、ゆかりに送った。
ゆかりのポケットで、音が鳴った。

「アイコンにしよ」

「え、横顔だよ」

「横顔がいいと」

ゆかりは、もう指を動かしていた。トークの画面の小さな丸の中に、横を向いた二人が入った。

「次、わたしの番ね」とゆかりは言った。「行き先、ちゃんと考えとく。ミコは、しおり作らんでいいけんね」

「作らないよ」

ミコは言った。
たぶん、作らない。作ったとしても、〈?〉は、もう少し早めに書く。

夜、302号室に帰って、ミコは台所のテーブルでしおりを開いた。

書いてあった時刻の横に、ボールペンで、本当にあったことを書き足していった。

〈12:52 ゆかり到着(栗のお菓子のせい)〉
〈ひなたの縁側 三対九 負け〉
〈ほんとの金魚(ゆかりが選んだ) 五対二 勝ち〉
〈14:31ごろ 写真(二人とも、横向き)〉
〈ひなたの縁側 五対八 負け〉
〈15:10ごろ 焼き芋(半分)〉

『灯台守の夜』の行には、何も書き足さなかった。少し考えて、横に小さく〈いつか〉と書いた。

本部では、シンパイが、ホワイトボードのいちばん上を見上げていた。

〈ミコの番 = ミコの係〉

シンパイは、マーカーで、「=」の上に線を一本引いた。消しはしなかった。それから、その下に書いた。

〈次は、ゆかりの番〉

「その中身は、ゆかりさんの係ですね」とダイジョブが言った。

「はい」とシンパイは言った。「なので、ここには何も書きません」

ハラヘッタは、栗の箱を見ていた。明日の朝の分だった。

ミコは、スマートフォンの写真を開いた。
こっちを見ていない二人が、ちゃんと、二人とも写っていた。