第一章 作業台、二人一組
七月最初の日曜日、午前十時。
公民館の二階の調理室には、銀色の作業台が四台並んでいた。
ミコは家から持ってきた生成りのエプロンをつけ、青緑の上着を壁際の荷物棚にたたんで置いた。
エプロンをつけると、少しだけ、料理ができる人に見える気がした。見えるだけだった。
「夏のスパイスキーマとライタ」。
区の広報誌の、いちばん下の小さな枠で見つけた単発のクラスだった。
四月に、隣の部屋の中園さんから大鍋を借りて、たけのこを茹でた。
あれから、家で作るものが少しだけ増えた。増えたといっても、ルウのカレーと、具の多い味噌汁くらいだ。スパイスから作るカレーは、一度も作ったことがない。
「では、二人一組になってください」
講師の先生が、のんびりした声で言った。
五十代くらいの男の人で、エプロンのポケットから老眼鏡がのぞいていた。
参加者は八人。
友達同士で来たらしい二人組が三組、すぐにできあがった。
残ったのは、ミコと、隣の作業台の女の人だった。
四十代くらいで、髪をきっちり後ろでまとめ、黒い三角巾をしている。
エプロンは使いこんだ紺色で、ポケットの縁が少しほつれていた。
「古賀です」
女の人が言った。
「さ、齋藤です。よろしくお願いします」
「よろしく」
それだけだった。
古賀さんは、もう作業台の上のトレーを見ていた。
「二人一組です!」
頭の中の本部で、シンパイが立ち上がっていた。
「しかも二時間半です! 同じ作業台で! 知らない人と!」
「料理しながらなら、話さなくても大丈夫ですよ」とダイジョブが言った。
「話さないのが二時間半続いたら、それはそれで大問題です!」
ハラヘッタは、モニターに映ったトレーの上を、熱心に見ていた。
「玉ねぎ、にんじん、ピーマン、なす、トマト、にんにく、しょうが、ひき肉。それからきゅうりとヨーグルト。……いい布陣ですね」
「では、始める前に、お名前と、今日作りたい理由を一言ずつ」
先生が言った。
本部で、シンパイが「想定外の自己紹介!」と叫んだ。
一番手前の作業台から順に、名前と一言が回ってきた。「カレーが好きで」「彼女に作りたくて」「夫に作らせたくて」。笑いが起きた。
古賀さんの番になった。
「古賀です。よろしくお願いします」
それで終わった。理由は言わなかった。
先生は「はい、よろしくお願いします」と、気にせず次へ回した。
ミコの番になった。
「さ、齋藤です。えっと、スパイスのカレーを、一回、ちゃんと……」
ちゃんと、何だろう。
ミコは一瞬、言葉を探した。
「……ちゃんと、作ってみたくて」
「いいですね。今日、ちゃんと作りましょう」
先生がそう言ったので、少しだけ笑いが起きた。悪い笑いではなかった。
隣で、古賀さんが、ほんの少しだけミコのほうを見た気がした。気がしただけかもしれなかった。
トレーの横には、小さなビニール袋に入ったスパイスが五つ並んでいた。
クミン、コリアンダー、ターメリック、チリ、ガラムマサラ。袋ごとに、手書きのラベルが貼ってある。
「スパイスは、レシピの分量を自分たちで量ってくださいね。量るのも勉強なので」
先生がそう言って、ホワイトボードに手順を書きはじめた。
「では、野菜を切るところから。ペアで分担してください」
分担してください、とだけ言って、先生は次の作業台へ歩いていった。
ミコは、古賀さんを見た。
古賀さんは、すでに玉ねぎを手に取っていた。
(あ、玉ねぎは古賀さん)
ミコは、トレーの上を見回して、にんにくを手に取った。
一かけ。小さかった。
第二章 速すぎる包丁
トントントントン。
隣で、音が始まった。
ミコは、にんにくの薄皮に爪を立てていた。
皮は、思ったより指にくっついた。むいたと思った皮の下に、もう一枚、薄い皮があった。
トントントントントン。
古賀さんの包丁は、まな板の上をほとんど跳ねていなかった。
刃の先がまな板についたまま、玉ねぎが手前から順に、細かい粒になって崩れていく。
ミコがにんにくの一枚目の皮をむき終えたとき、玉ねぎは半分になっていた。
二枚目の皮をむき終えたとき、玉ねぎはボウルの中で小さな山になっていた。
「は、速いですね」
ミコは言った。
「はい」
古賀さんは、顔を上げなかった。
まな板の上で、しょうがが細い糸のようになっていった。
(返事、それだけ)
「警戒!」
本部で、シンパイがホワイトボードを叩いていた。
「相手は、こちらと話す気がありません! 顔を上げません! 返事は二文字です!」
「集中してるだけじゃないですか」とダイジョブが言った。
「集中している人の邪魔をしてはいけません。よって」
シンパイのマーカーが走った。
〈本日の作戦:邪魔をしない〉
〈・にんにくをむく〉
〈・洗い物〉
〈・布巾をたたむ〉
〈・あとは静かに立っている〉
「最後の一行、作戦ですか」とキオクが聞いた。
「立派な作戦です」
ミコは、むき終えたにんにくを、そっと古賀さんのまな板の横に置いた。
「これ、どうぞ」
「どうも」
古賀さんは、にんにくを受け取ると、包丁の腹で一度押しつぶし、あっという間に刻んだ。
それから、ピーマンに取りかかった。
へたを落とし、種を指でかき出し、縦に細く、それから横に細かく。
なすが、まだトレーに残っていた。
(なすなら、わたしにも切れるかもしれない)
ミコは、なすに手を伸ばした。
同じ瞬間、古賀さんの左手も、なすに伸びた。
指先が、なすの上でぶつかりかけた。
「あ、すみません」
「あ、どうぞ」
古賀さんが手を引いた。
ミコも手を引いた。
なすは、作業台の真ん中で、ころんと横になったまま、誰のものでもなくなった。
一秒くらい、二人ともなすを見ていた。
それから古賀さんが、「じゃあ、わたしが」と言って、なすを取った。
ミコは、引いた手のやり場がなくて、空いたボウルを持ち上げた。
「洗っておきます」
ミコは、空いたボウルを流しに運んで洗った。
玉ねぎの皮をビニール袋に集めた。
布巾を三枚、四つ折りにして作業台の端に並べた。
振り返ると、ピーマンが終わっていた。
なすも、皮のむらさきがまな板の上で細かく散らばって、終わろうとしていた。トマトは、ざく切りになって別のボウルに入っていた。
ミコの手の中には、たたみ終えた布巾しかなかった。
隣の作業台では、友達同士の二人組が「ちょっと、それ大きすぎ!」「いいの、豪快で!」と笑っていた。
向かいの作業台では、夫婦らしい二人が、一本の包丁を交代で使っていた。
ミコは、布巾をもう一度たたみ直した。
すでに、たたまれていた。
「作戦は、順調に進行しています」
シンパイが言った。声が、少し小さかった。
「順調なのに、なんでこんなに居心地が悪いんですか」とダイジョブが言った。
「……邪魔はしていません」
「してませんけど」
ダイジョブは、モニターの中の、たたまれた布巾を見た。
「もう、全部やってもらえばいいじゃないですか。古賀さん、速いし。ミコは座って待ってて、できあがったら食べる。楽ですよ」
「それは」
ハラヘッタが、手を挙げた。
いつになく、まっすぐな手の挙げ方だった。
「それは、だめだと思います」
第三章 にんじんは、少し大きめで
「ハラヘッタさんが、食べることに反対するんですか」とダイジョブが目を丸くした。
「反対してません。食べたいです。でも」
ハラヘッタは、モニターの端に映っているトレーを指さした。
まだ切られていない、にんじんの半分が、ころんと残っていた。
「ミコは、カレーのにんじんが、少し大きいほうが好きなんです。甘くて、噛むとわかるくらいの。キオクさん、記録ありますよね」
キオクが、リモコンを一回だけ押した。
モニターに、小さな映像が映った。
実家の台所。鍋の中の、ごろんとしたにんじん。それを、スプーンでよけずに食べている子どものミコ。
それだけだった。キオクは、すぐに映像を止めた。
「一本だけです」とキオクが言った。「今日は、それで足りると思うので」
「このままだと」とハラヘッタが言った。「にんじんも、きっと細かくなります。古賀さんのみじん切りは、すごくきれいです。でも、ミコが食べたいのは、それじゃないんです」
本部が、静かになった。
「一緒に作るなら」とハラヘッタは言った。「食べたい形を、一個くらい言ってもいいと思うんです」

シンパイが、ホワイトボードの〈あとは静かに立っている〉を見た。
それから、その一行に、細い線を一本引いた。
古賀さんの手が、トレーのにんじんに伸びた。
「あの」
ミコの声は、包丁の音に半分消された。
「あの、にんじん」
トントン、が止まった。
「にんじん、わたしが切ってもいいですか。その、少し、大きめにしたくて」
言ってから、ミコは自分の手のひらが汗ばんでいるのに気づいた。
少し大きめにしたい、というのは、相談なのか、わがままなのか、自分でもよくわからなかった。
古賀さんが、初めて顔を上げた。
包丁を、まな板の上にそっと寝かせた。
それから、ミコを見て、少し目を見開いた。
「あ」
古賀さんは言った。
「ごめんなさい。わたし、全部切っとった」
ミコは、首を横に振ろうとして、うまく振れなかった。
「包丁持っとるときは、手元から目を離さんくせがあって。返事も、適当になっとったでしょう」
「い、いえ」
「仕事で、毎日切りよるけん。小学校の給食。玉ねぎとか、一回に何十キロって切るけん、目の前にあるの、全部切ってしまうと。これも、くせ」
古賀さんは、にんじんをミコのまな板に置いた。
「大きめって、どれくらい?」
「えっと……」
ミコは指で、小さな四角を作った。
「これくらい、です」
「五ミリくらいやね。いいと思う。キーマに入っとったら、食感が出る」
古賀さんは、自分の包丁を置いたまま、ミコの横に立った。
「左手、こうしてみて。指先を丸めて、包丁の腹に、第一関節を当てる」
猫の手、と小学校の家庭科で習った形だった。
ミコは、ずっとそれを、なんとなくでやっていた。
「そう。それで、刃は押すんやなくて、前に滑らせる。急がんでいいけん」
ミコは、にんじんに包丁を入れた。
ゆっくりだった。
古賀さんの何倍もゆっくりだった。
でも、古賀さんは、隣でそれを見ていた。急かさなかった。
五ミリの棒ができて、それが五ミリの角になった。
大きさは、少しずつ揃っていなかった。
「料理、よくすると?」
古賀さんが聞いた。
ミコの手元を見たままだった。今度は、ミコの包丁の手元だった。
「いえ、あんまり。……四月に、隣の部屋の人に大きいお鍋を借りて、たけのこを茹でたんです。そこから、ちょっとだけ」
「たけのこ。生から?」
「はい。米ぬかで」
「えらいね。わたし、仕事以外で生のたけのこ、茹でたことないよ。給食は水煮やけん」
古賀さんは、少し本気で感心した顔をした。
ミコは、たけのこの話で感心されると思っていなかったので、包丁の手が一瞬止まった。
「指、丸めて」
「は、はい」
「その代わりって言ったらなんやけど」
にんじんが半分ほど角になったころ、古賀さんが言った。
スパイスの小袋を五つ、ミコのほうへ寄せた。
「これ、量るの、お願いしてもいい?」
「計量、ですか」
「炒めはじめたら、わたし、フライパンから手が離せんけん。そのあいだに次のを量って、順番に渡してもらえたら助かる」
古賀さんは、少し照れたように、三角巾の端を指で直した。
「それにね、仕事やと、キロとリットルで量るけん。家の小さじで、どれくらいなのか、目の前で見ときたいと。家で子どもに作るとき、今日の量を覚えとけば、そのまま使えるけん」
ミコは、スパイスの袋と、先生がホワイトボードに書いた分量を見比べた。
クミン小さじ一。コリアンダー小さじ一。ターメリック小さじ二分の一。チリ小さじ四分の一。ガラムマサラ小さじ二分の一。
「やります」
ミコは言った。
にんじんより、ずっと自信があった。
第四章 小さじ半分の係
フライパンに油とクミンが入ると、調理室の空気が、急に知らない国の匂いになった。
「次、にんにくとしょうがです」
ミコは、レシピを見ながら読み上げた。
古賀さんが木べらで、二つを一度に入れた。
「次、玉ねぎ。あめ色の手前まで、だそうです」
「了解」
玉ねぎが入ると、じゅう、と大きな音がした。
古賀さんの木べらは、包丁と同じように迷いがなかった。
ミコは、すりきりにしたスパイスの小皿を並べたトレーを持って、隣に立っていた。
小さな色の山は、四つ残っていた。薄い茶色、黄色、赤、こげ茶。最初の茶色のクミンは、もう油の中で、ぱちぱちと音を立てていた。
本部では、ネムイがフードの中で、こくりこくりと船をこいでいた。
「……玉ねぎを炒める匂いは、眠くなる……」
それだけ言って、また寝た。今日は、それ以上何も言わなかった。
シンパイは、ホワイトボードを新しい面にしていた。
〈本日の担当〉
〈ミコ:にんじん(大きめ)、きゅうり、計量、読み上げ〉
〈古賀さん:そのほか全部の包丁、炒める〉
「……そのほか全部、が多いですね」とキオクが言った。
「多いです。でも、ミコの欄に、四つあります」
シンパイは、その四つを、赤い線で一つずつ囲んだ。

玉ねぎがしんなりしてきたところで、ミコは、コリアンダーとターメリックの小皿を、順番に古賀さんに渡した。
古賀さんは、それを一つずつフライパンに落とし、木べらで二回ずつまぜた。トレーの上の山は、二つになった。赤と、こげ茶。
「チリ、どうしますか」
ミコは、赤い小さな山の皿を持ち上げた。
古賀さんは、少し考えた。
「半分だけ入れて、半分は別にしとこうかな。うちの子、辛いの食べきらんけん。家で作るとき、どれくらいで泣くか、今日の味で見とく」
「泣くんですか」
「泣く。三年生にもなって、ちょっとでも辛いと泣く」
古賀さんは、少しだけ笑った。
包丁を持っていないときの古賀さんは、よく笑う人なのかもしれなかった。
ミコは、チリを半分だけ、フライパンに入れた。
残りの半分は、小皿ごと、古賀さんのレシピの紙の横に置いた。
ひき肉が入って、色が変わったころ、ミコはレシピを指でたどった。
「次、ガラムマサラです」
ミコは、こげ茶の小さな山の皿を差し出した。
古賀さんの木べらが、止まった。
「それ、最後やない?」
ミコは、レシピを見直した。
ガラムマサラの行は、いちばん下にあった。「仕上げに」と書いてあった。ミコの指は、一行飛ばしていた。
「す、すみません。最後でした。次は、なすとピーマンとトマトです」
「了解」
古賀さんは、それ以上何も言わなかった。
なすとピーマンとトマトが、フライパンに入った。
ミコは、それから、レシピを指で一行ずつ押さえて読むことにした。こげ茶の小皿は、トレーのいちばん端に寄せておいた。
なすとピーマンとトマトのあとから、ミコの切ったにんじんが入った。
五ミリの角は、ほかの野菜の細かい粒の中で、オレンジ色にはっきり見えた。
少し大きいのと、少し小さいのが混じっていた。
ふたをして煮込んでいるあいだに、ミコはライタのきゅうりを切った。
先生の指定は、細かい角切りだった。
きゅうり一本を、縦に四つに割って、端から細かく刻んでいく。
古賀さんは、手伝わなかった。
フライパンを見ながら、ときどきミコの手元を見て、「指、丸めて」とだけ言った。
きゅうりを切り終えるのに、古賀さんがピーマンとなすを全部刻んだのと、同じくらいの時間がかかった。
それでも、きゅうりは、全部ミコが切った。
ヨーグルトと塩と、袋の底に少しだけ残っていたクミンをひとつまみ混ぜると、ライタができた。
フライパンのふたを開けると、古賀さんがミコを見た。
「最後のは?」
「ガラムマサラです。今度は、ほんとに最後です」
ミコはこげ茶の小さな山を、フライパンに落とした。
古賀さんが木べらで二回まぜて、火を止めた。
十二時を少し過ぎて、試食になった。
紙皿にごはんとキーマをよそって、ライタを横に添えた。
作業台の前に、二人で並んで立った。
スプーンですくうと、にんじんの角が、ごろりと一緒に乗ってきた。
口に入れた。
スパイスの香りが先に来て、そのあとに、甘いにんじんがあった。
噛むと、ちゃんとわかった。細かい野菜の中で、にんじんだけが、ここにいます、と言っていた。
「……これです」
本部で、ハラヘッタが小さな声で言った。
目を閉じて、何度もうなずいていた。
「これが、食べたかったんです」
ダイジョブが、ハラヘッタの肩を軽く叩いた。
シンパイは、何も書かなかった。書かなくても、全員わかっていた。
先生が、作業台を一つずつ回ってきた。
「お、この組は、にんじんが大きいね」
「この人の希望です」
古賀さんが、ミコのほうを手で示した。
ミコは、頬が熱くなった。
「すみません」と言いかけて、やめた。謝ることではない気がした。
「いいね。食感があって」と先生は言って、次の作業台へ行った。
「辛くない?」と古賀さんが聞いた。
「ちょうどいいです」
「うちの子は、これでも泣くね」
古賀さんは、レシピの紙のチリの行に、ボールペンで小さく「半分」と書き、その横に、もう一つ「にんじん大きめ」と書き足した。
片づけは、二人で分けた。
古賀さんがまな板と包丁を洗い、ミコがフライパンとボウルを洗った。布巾は、最初にミコがたたんだ三枚を使った。
「お疲れさまでした」
エプロンを外しながら、古賀さんが言った。
「お疲れさまでした。あの、ありがとうございました。包丁の、持ち方」
「計量、助かった」
それで、終わりだった。
連絡先は交換しなかった。次のクラスに来るのかどうかも、聞かなかった。
古賀さんは使いこんだ紺色のエプロンを鞄にしまい、レシピの紙を大事そうに二つ折りにして、先に帰っていった。
帰り道、ミコはスーパーに寄った。
野菜売り場で、にんじんを一本だけ取った。
袋入りの三本ではなく、ばら売りの一本。
レジで、にんじんに店のテープを一本貼ってもらい、そのままトートバッグに差しこんだ。
オレンジ色の先っぽが、バッグの口から少しはみ出した。
「スパイスは」とハラヘッタが言った。「スパイスは買わないんですか」
「クミンだけで、五百円しました」とシンパイが言った。「本日の予算を超えています」
「来週は」
「来週の議題にします」
ハラヘッタは、少し不満そうだったが、すぐに機嫌を直した。
「にんじん、大きめに切りましょうね」
「五ミリです」とキオクが言った。「記録しました」
シンパイは、ホワイトボードの隅に〈左手:猫の手〉とだけ書いた。
ミコは、トートバッグからはみ出したにんじんの先を、指でちょっと押しこんだ。
押しこんでも、また出てきた。


