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ミコシリーズ第21話
コメディ・日常

ミコ、ボウリングで待つ

すぐ投げたい人と、考えすぎる人。待つほうにも勝負がある。

読了目安
24分
長さ
短編
#くすっと笑える#友だち#勝負
ミコ、ボウリングで待つのイメージ

あらすじ

四月の土曜の朝、ゆかりに誘われたミコは、五フレームだけのボウリングへ。開店三十分前から待っていたゆかりは、球を持つとすぐ歩き出す。ミコは線や隣のレーンが気になって、なかなか投げられない。退屈したゆかりが思いついたのは、相手の点数を当てる予想勝負。「書いた」と言うまで投げない約束が、二人の投げ方まで変えていく。ミコシリーズ第21話。

読みやすく、好きなところから。

目次・5章

第一章 朝のハーフゲーム

四月の二週目の土曜日、九時四十五分。

あおば台ボウルの入口に着くと、ガラス戸の前に、もうゆかりが立っていた。

短く刈った黒髪に、カーキのシャツジャケット。斜めがけの小さなバッグ。ガラス戸の内側には〈営業開始 十時〉の札が下がっていて、ゆかりは腕を組んで、その札とにらみあっていた。

「ミコ、おはよ」ゆかりは札から目を離さずに言った。「開かん」

「十時だから」

「知っとる。知っとって、九時半に来た」

今回は、ゆかりが行き先を決める番だった。一週間前に届いたメッセージは、三つに分かれていた。

〈ボウリング〉
〈土曜の朝だけ、ハーフゲームっていうのがある。五フレーム〉
〈すぐ投げれる〉

三つ目を読んだとき、ミコは少し笑った。ゆかりが書きたかったのは、たぶん三つ目だけだった。

本部では、シンパイがもうホワイトボードを出していた。〈ボウリング場で起こりうること〉と書いたものの、その下にはまだ何も並んでいなかった。並べる材料が、まだ届いていないのだった。

十時ちょうどに、店員が内側から鍵を回した。かちゃん、と音がしたときには、ゆかりはもう取っ手の前にいた。

カウンターの店員は、二十歳くらいの男の人だった。ラミネートした紙を一枚、二人のあいだに置いた。

〈朝のハーフゲーム(土・日 十時〜十二時)〉
〈五フレーム。一フレームに二投まで〉
〈倒したピンの本数の合計が得点です。ストライク・スペアの加算はありません〉
〈おひとり四百円 貸し靴三百円〉

「一投目で十本ぜんぶ倒れたら、そのフレームはそこで終わりです」と店員は言った。「一フレームで最高十点。五フレームで最高五十点になります」

ゆかりが、うんうんとうなずいた。もう聞き終わった顔をしていた。

「それから、レーンの手前の床に線があります。ファウルラインです」店員は、紙の下のほうの絵を指でたどった。「投げるときに足などが線の向こうの床に触れると、ランプがついて、その一投はゼロ点です。線の向こうは油が塗ってあって滑るので、越えないでください」

ミコは、うなずいた。

本部のホワイトボードに、最初の一行が書かれた。〈線を越えない〉。シンパイは、その下に二本線を引いた。

「ボールは棚から選んで、両手で持って運んでください。戻ってくる機械からは、ボールが完全に止まってから取ってください。ほかの方のボールには、さわらないでください」

「はい」とミコは言った。

「はい」とゆかりも言った。少し遅れて、もう一回「はい」と言った。

二人は、それぞれ七百円ずつ払った。ミコは二十三センチ、ゆかりは二十四・五センチの靴を借りた。脱いだスニーカーは、カウンターの横の棚に入れて、番号札をもらった。ミコの札は〈38〉で、ゆかりの札は〈39〉だった。

「十二番レーンです」

ボールの棚の前で、ゆかりは三秒で決めた。〈11〉と書いてある、オレンジ色のボールだった。

ミコは、〈9〉と書いてある緑のボールの穴に、指を入れてみた。親指がきつかった。隣の、同じ〈9〉の青いボールに入れてみた。今度はゆるかった。もう一つ隣の、〈9〉の緑に入れた。ちょうどだった。

「最初のと、同じ色やん」

「穴が、ちがう」

両手でボールを抱えて、十二番レーンまで歩いた。レーンの手前に、プラスチックの長いベンチと、小さな台があった。台の上には、短い鉛筆が二本と、〈スコアメモ〉と印刷された手のひらくらいの紙の束が置いてあった。鉛筆には、消しゴムがついていなかった。

ミコは青緑の上着を脱いで、たたんで、生成りのトートに入れた。トートはベンチのはしに置いた。下は、白い長袖のTシャツだった。ゆかりもシャツジャケットを脱いで、自分のバッグの上にかけた。中は、細いボーダーのTシャツに、ジーンズだった。

二人は、選んだボールを止まっているリターンの受け台に置いた。

頭の上のモニターに、名前を入れる画面が出ていた。ゆかりが〈ユカリ〉と打ち、その下に〈ミコ〉と打った。

「わたし、先でいい? もう待てん」

「どうぞ」

「それから」ゆかりは、カウンターの奥を親指で指した。〈スナック〉と書いた看板の下に、〈ポテト 三百円〉〈ソフトクリーム 二百五十円〉の札が見えた。「負けたほうが、ポテトね」

「わかった」

本部で、ハラヘッタが顔を上げた。

「どちらが負けても、ポテトは出ます」とハラヘッタは言った。

「勝ち負けの話です」とシンパイが言った。

左の十一番レーンには、六十歳くらいの女の人が一人でいた。足もとに、車輪のついた黒いボールバッグが置いてあった。自分のものらしい、青いまだら模様のボールを胸の前で両手で持って、レーンの先のピンをじっと見ていた。

右の十三番レーンには、〈調整中〉と書いた立て札が立っていた。

第二章 一フレーム目は、長い

ゆかりは、左の女の人が投げ終えて戻ったのを見て、受け台のオレンジのボールを両手で持ちあげると、そのまま歩きだした。

立ち止まらなかった。四歩で線の手前まで行って、腕をうしろへ引いて、前へ振った。

ボールはまっすぐ出ていって、途中から左へ寄った。ごとごとと鳴って、ピンの左のはしに当たった。

三本倒れた。

「なんで」

ゆかりは振り向かなかった。戻ってきたボールが止まるのを待って、取って、また歩いた。二投目は、残ったピンの右のほうをかすって、二本倒れた。

モニターの〈ユカリ〉の一フレーム目に、〈5〉と出た。

「なんで左に行くと」ゆかりはベンチに戻ってきて、どすんと座った。最初にボールを持ってから、一分もたっていなかった。「ミコ、どうぞ」

ミコは、ボールが戻ってくる機械の前に立った。最初に置いた緑のボールは、受け台にあった。動いていないのを確かめて、両手で持ちあげた。

レーンの手前に立った。

ピンは、ずいぶん遠かった。

本部では、シンパイのホワイトボードが一気に埋まっていた。

〈線を越える〉
〈ガター〉
〈指が抜けない〉
〈ボールがうしろへ飛ぶ〉
〈となりの人と同時に投げる〉

「五つあります」とシンパイは言った。

「まっすぐ転がせば、ぜんぶ起きません」とダイジョブが言った。

キオクがリモコンを押した。モニターに、さっきのカウンターの店員が映った。〈足などが線の向こうの床に触れると、ランプがついて、その一投はゼロ点です〉。もう一回押すと、また同じところが映った。

「二回も再生しなくていいです」とシンパイが言った。

「大事なところです」とキオクは言った。

ミコは、左を見た。

十一番レーンの女の人が、青いボールを胸の前に構えて、止まっていた。

ミコは、待った。

女の人は、なかなか動かなかった。ピンを見て、足もとを見て、またピンを見た。それから、すっと歩きだして、投げた。ボールは右から大きく曲がって、ピンのまんなかに入った。九本倒れて、一本だけ左のすみに残った。

女の人は残った一本を見て、小さく首をかしげた。戻ってきたボールを取って、また構えて、また止まった。

ミコは、また待った。

ベンチのほうで、ゆかりの靴のかかとが、とんとんと床を鳴らしていた。

女の人の二投目が、最後の一本を倒した。女の人はうなずいて、ベンチに戻っていった。

ミコは、歩いた。

三歩目で、線が近くに見えた。四歩目は、半分にした。線の一歩半手前で止まって、ボールをそっと前に押しだした。

ボールは、ゆっくり転がっていった。ゆっくりすぎて、途中で止まるかと思った。止まらなかった。ピンの右はしに、こつんと当たった。

二本倒れた。

二投目も同じところで止まって、同じように押しだした。今度はピンの左はしに当たって、また二本倒れた。

〈ミコ 4〉

ベンチに戻ると、ゆかりがスコアメモを一枚ちぎって、鉛筆を持っていた。

「ミコ」

「うん」

「待っとるあいだ、ひますぎる」

「ごめん」

「謝らんでいい。ミコは、ゆっくりでいいと」ゆかりは、鉛筆の先で紙をたたいた。「やけん、待っとるほうも、勝負しよ」

ゆかりの考えた勝負は、こうだった。

待っている人が、投げる人のそのフレームの合計を、紙に書いて当てる。〇から十まで。書いた紙は伏せておいて、フレームが終わったら開ける。ぴったり当たったら、一点。

「こっちも、負けたほうがなんかおごりね」

ミコは、カウンターの奥の札を見た。

「ソフトクリーム」

「決まり。二フレーム目から」

ゆかりは鉛筆をミコに渡すと、もう立ちあがっていた。

「じゃ、ミコ、予想して」

そう言いながら、オレンジのボールを両手で取った。ミコが紙を引きよせて、鉛筆の先を紙につけたとき、ゆかりはもう四歩目だった。

ボールが転がっていった。

ミコの紙は、白いままだった。

四本倒れた。

「まだ、書いてない」とミコは言った。

ゆかりが振り向いた。ミコの手もとの白い紙を見た。

「……あ」

急いで構え直した二投目は、まっすぐ左の溝に落ちた。ガターだった。

〈ユカリ 5・4〉

ゆかりはベンチに戻ってきて、しばらく黙っていた。それから、言った。

「決まりを、ひとつ足す」

「うん」

「予想する人が『書いた』って言うまで、投げる人はボールを持たん」

「うん」

「それで、二フレーム目は、なし。ミコが書けんかったのはわたしのせいやけん、わたしも、ミコの二フレーム目は予想せん。三フレーム目から、二人とも三回ずつ」

ミコは、うなずいた。ゆかりは、こういうところは細かかった。

ミコの二フレーム目のあいだ、ゆかりにはすることがなかった。

予想しないと決めたのは、ゆかり自身だった。

ミコが機械の前でボールが止まるのを待っているあいだ、ゆかりは両手をお尻の下に入れて座っていた。ミコが左のレーンを見て待っているあいだ、ゆかりは天井の照明を数えはじめて、途中でやめた。ミコが線の一歩半手前で止まったとき、ゆかりは、うう、と小さな声を出した。

ミコの一投目は、一本だった。二投目は、四本だった。

〈ミコ 4・5〉

二フレーム終わって、ゆかりが九点、ミコも九点だった。

「同点」とミコは言った。

「同点」ゆかりは、ベンチの上でぐったりしていた。「待つほうが、疲れた」

本部で、ダイジョブが「同点です」と言った。シンパイは〈となりの人と同時に投げる〉の横に、小さく丸をつけた。起きなかった、という丸だった。

第三章 書いた、と言うまで

三フレーム目。

ゆかりは機械の前に立ってから、振り返った。

「ミコ、書いて」

ミコは紙を一枚ちぎって、膝の上に置いた。

一フレーム目のゆかりは、五。二フレーム目は、四。だいたい五くらい。

でも二フレーム目は、ミコのほうを振り向いてから、急いで投げていた。あれは数えないほうがいいかもしれない。そうすると、五。でも、さっきは一投目で四本倒しているから、二投目がちゃんと転がれば、六か七もある。

ミコは〈5〉と書いてから、鉛筆のおしりでこすってみた。消えなかった。その紙は小さくたたんでトートに入れて、もう一枚ちぎった。

ゆかりは、ボールの機械の横で待っていた。

ボールは目の前にあった。でも、持ってはいけなかった。

ゆかりは右足に体重をのせて、左足にのせて、また右足にのせた。それから両手をだらんと下げて、ふうっと長く息を吐いた。吐いたあと、レーンの先のピンを見た。十本のピンは、白く、じっと並んでいた。

ミコは、新しい紙に〈5〉と書いた。

予想を書くミコの横で、オレンジのボールに手を触れず待っているゆかり。二人とも上着を脱いで貸し靴に履き替えている。

「書いた」

紙を伏せた。

ゆかりは、ボールを取った。

取ってから、すぐには歩かなかった。もう一回、ピンを見た。それから歩いて、投げた。

ボールは、まっすぐに転がっていった。今度は左へ寄らなかった。ピンのまんなかより少し右に入って、がらがらと大きな音がした。

七本倒れた。

「え」とゆかりは言った。自分で言ってから、もう一回「え」と言った。

二投目で、残った三本のうち二本が倒れた。

〈ユカリ 5・4・9〉

ミコは、伏せた紙を開いた。〈5〉。

「はずれた」

「九!」ゆかりはベンチに戻ってきて、ミコの紙をのぞきこんだ。「五って書いとったと。わたし、ミコの中では五の人なん」

「さっきまで、五の人だった」

「さっきまで」ゆかりは、自分の右手を見た。「なんか、まっすぐ行った」

本部で、キオクがリモコンを押した。

モニターに、二つの場面が並んだ。一フレーム目のゆかり。ボールを持った瞬間に歩きだしている。三フレーム目のゆかり。ボールの前で、ふうっと息を吐いて、ピンを見ている。

「待たされたゆかりと、待たされなかったゆかりです」とキオクは言った。

「待たされたのは」とシンパイが言った。「ミコが、書くのに時間をかけたからです」

本部が、少し静かになった。

「ミコ、ゆっくりでいいよ」

ミコが機械の前に立つと、うしろからゆかりが言った。紙と鉛筆を持って、ベンチの上であぐらをかいていた。

「わたし、書くけん。考えるけん。ゆっくりで」

ゆかりはしばらく鉛筆を止め、それから紙を伏せた。

「書いた」

さっきまで天井の照明を数えていた人が、楽しそうだった。

ミコは緑のボールを両手で持って、レーンの手前に立った。

左を見た。十一番の女の人が、ちょうど青いボールを持って、こっちを見ていた。

ミコは一歩うしろへ下がって、あごを少し下げ、どうぞ、とした。

女の人も一歩うしろへ下がって、あごを少し下げ、どうぞ、とした。

ミコは、もう一歩下がった。どうぞ。

女の人も、もう一歩下がった。どうぞ。

二人とも、ずいぶんうしろに立っていた。

女の人が、ボールを胸に抱えたまま、ミコのほうへ顔を向けた。

「あなたが左を見て、わたしが右を見て、二人とも『どうぞ』をやっていたら、十二時になります」

声は大きくなかった。笑ってもいなかった。

「すみません」

「謝らなくていいです。決めましょう」女の人は、ボールを抱えた腕で、自分の胸をとんとたたいた。「わたしが二投を終えてベンチへ戻ったら、あなた。先に構えた人を待つ。それで、いいですね」

「はい」

女の人は前に出て、構えて、止まった。止まっている時間は、さっきと同じくらい長かった。それから投げた。ボールは右から曲がって、ピンの少し左に入った。八本倒れて、右と左のはしに一本ずつ、離れて残った。

「ああ、もう」と女の人は言った。

二投目は、片方だけ倒れた。女の人は、ふん、と息をついて、振り向いた。ミコと目が合った。あご先で、レーンを指した。

ミコの番だった。

本部のホワイトボードは、いつの間にか項目が増えていた。

〈線を越える〉
〈ガター〉
〈指が抜けない〉
〈ボールがうしろへ飛ぶ〉
〈となりの人と同時に投げる〉
〈となりの人を待たせる〉
〈ゆかりが見ている〉
〈ゆかりが書いている〉

「八つです」とシンパイは言った。

「ゆかりは、楽しそうでした」とダイジョブが言った。

「楽しそうに、何か書いています」とシンパイが言った。「何を書いているのかが、わかりません」

ミコは、ボールを持ったまま、腕を振り子みたいに一回うしろへ振ってみた。それから、もう一回振った。

歩いた。線の一歩半手前で止まって、押しだした。

二本倒れた。

二投目の前にも、腕を二回振った。

一本倒れた。

〈ミコ 4・5・3〉

ゆかりが、伏せていた紙をひっくり返した。

〈3〉

「当たった!」

ゆかりは紙を両手で持って、頭の上にあげた。十一番の女の人が、ちらっとこっちを見た。

「なんで、三」

「ミコ、長いこと考えたときは少なめやけん」ゆかりは紙を胸の前に下ろして、少し声を小さくした。「一フレーム目、長かったやろ。四。二フレーム目は、わたしが暇すぎて長く感じたけど、ほんとはそんなに長くなかった。五。今のは、いちばん長かった。腕、二回振っとった」

「振ってた」

「振っとった。やけん、三」

ミコは、何も言えなかった。

くやしかった。ゆかりの言うことが、当たっていたからだった。

モニターは、〈ユカリ 18〉〈ミコ 12〉になっていた。予想の勝負は、ゆかりが一点、ミコが〇点だった。

第四章 早く書く人

四フレーム目。

ゆかりが、機械の前で振り返った。

「ミコ、書いて。ゆっくりでいいけん」

ゆっくりでいいけん、のところで、本部のシンパイがマーカーを止めた。

「ゆっくり書くと」とシンパイは言った。「ゆかりは待ちます」

「待つと、まっすぐ行きます」とキオクが言った。リモコンの上には、さっきの二つの場面がまだ並んでいた。

「では、早く書けばいいです」とダイジョブが言った。

本部が、静かになった。

キオクが、モニターを切りかえた。一フレーム目と二フレーム目の、急いでいるゆかり。〈5〉と〈4〉。

ミコは、紙を一枚ちぎった。

迷わなかった。〈4〉と書いて、伏せた。

「書いた」

ゆかりが「え、もう?」と言った。言いながら、ボールを取っていた。取ったまま、もう歩いていた。

ボールは、途中から左へ寄った。三本倒れた。

二投目も急いだ。一本だけ倒れた。

〈ユカリ 5・4・9・4〉

ミコは、紙を開いた。

〈4〉

「当たった」

ゆかりは、ミコの紙を見た。それから自分の右手を見て、それからミコの顔を見た。

ミコは、少しだけ下を向いた。

ゆかりはしばらく何か考えている顔をしていたが、急に、あはは、と笑った。

「つられた」とゆかりは言った。「ミコが早よ書いたけん、わたしも早よ投げた」

ゆかりは、自分の紙の束から一枚ちぎって、何か書いた。それをミコには見せないで、ジーンズのポケットに入れた。

本部では、シンパイが予想の点数の欄に〈ミコ 1〉と書いた。書きながら、マーカーを持つ手が少しだけ止まった。

「これで、ボウリングのほうは」とキオクが言った。「ゆかりが二十二です」

「早く書くと、予想が当たって、ボウリングのほうも追いつけます」とダイジョブが言った。

「次も、早く書きますか」とシンパイが聞いた。

ミコは、答えなかった。いまはミコの番だった。

ゆかりが紙を伏せて、「書いた」と言った。

ミコは緑のボールを両手で持って、レーンの手前に立った。

左を見た。十一番の女の人は、ベンチで青いボールを布でふいていた。こっちのレーンをちらっと見て、手で、どうぞ、とした。

ミコは、うなずいた。

本部のホワイトボードには、八つの項目がそのまま残っていた。シンパイが、九つ目を書こうとしていた。

そのとき、キオクがリモコンを押した。

モニターに、さっきのゆかりが映った。〈ミコ、長いこと考えたときは少なめやけん〉。

本部の全員が、モニターを見た。

ミコは、ベンチのほうを少しだけ振り返った。ゆかりが紙を膝にのせ、鉛筆を持って、こっちを見ていた。

もし自分があのベンチに座っていたら、とミコは思った。

レーンの手前に、ミコが立っている。左を見た。うなずいた。そのあと、腕を二回振る。たぶん、振る。

自分なら、〈3〉と書く。

ミコは、腕を振らなかった。

左はもう見た。女の人は、ベンチでボールをふいている。だから、歩いた。四歩目は、やっぱり半分になった。線の一歩半手前で止まった。そこから先は、いつもと同じように押しだした。

ボールは、まっすぐ転がっていった。速くはなかった。でも、途中で止まりそうにはならなかった。

ピンのまんなかに入った。

六本倒れた。

二投目も、腕を振らなかった。二本倒れた。

〈ミコ 4・5・3・8〉

ゆかりが、紙をひっくり返した。

〈3〉

「なんで、今だけ早いと!」

ゆかりは紙を持ったまま、ベンチの上で仰向けになった。

「ゆかりが、三って書くと思ったから」

「書いたよ! 三って書いたよ!」

本部で、ハラヘッタが小さく拍手していた。何に拍手しているのか、本人もよくわかっていないようだった。

モニターは、〈ユカリ 22〉〈ミコ 20〉。予想の勝負は、一対一になった。

第五章 負けたほうの紙

五フレーム目。最後だった。

ゆかりが、機械の前で振り返った。

「ミコ、書いて」

今度は、ゆっくりでいいけん、とは言わなかった。

ミコは、紙をちぎった。

早く書けば、ゆかりは急ぐ。急いだゆかりは、四か五。でも、ゆかりはさっき、何か書いた紙をポケットに入れた。何を書いたのかは、わからない。

ミコは、機械の横に立っているゆかりを見た。

ゆかりは、ボールを見ていなかった。ピンを見ていた。でも右足のつま先が、ほんの少しだけ、床をとんとんしていた。

待つつもりでいる。でも、待ちきれない顔をしている。

ミコは、〈7〉と書いた。

「書いた」

ゆかりは、ボールを取らなかった。

「いち」とゆかりは言った。声に出していた。「に。さん。し。ご」

五まで数えてから、ボールを取った。取ってから、もう一回ピンを見た。歩いた。投げた。

ボールはまっすぐに転がっていって、最後の少しだけ、左へ寄った。

六本倒れた。

二投目は、ぎりぎりで一本をかすった。

〈ユカリ 5・4・9・4・7〉

合計、二十九。

ミコは、紙を開いた。

〈7〉

「当たった」

ゆかりはミコの紙を見て、口をあけた。それから、ジーンズのポケットから、くしゃっとした紙を出した。

〈待つ〉と書いてあった。その下に、小さく〈五秒〉。

「五秒しか待てんかった」

「数えてた」

「数えたら、五で終わってしもうた。十にしとけばよかった」

予想の勝負は、ミコが二点、ゆかりが一点。

モニターは、〈ユカリ 29〉〈ミコ 20〉だった。

ミコの、最後のフレームだった。

ゆかりが紙をちぎった。今度はさっと書いて、すぐに伏せた。

「書いた」

ミコは緑のボールを両手で持って、レーンの手前に立った。

二十九と、二十。九点で同点。十点で勝ち。

十点は、一投でも二投でも、十本ぜんぶ、ということだった。

本部では、シンパイが新しい項目を書いていた。〈十本〉。その下に〈十本倒さないと勝てない〉。その下に〈九本だと同点〉。その下に、〈八本以下だと〉。

「書かなくていいです」とダイジョブが言った。

「書かないと、わからなくなります」とシンパイは言った。

ハラヘッタは、カウンターの奥のほうに鼻を向けていた。ポテトを揚げる音が、少しずつ聞こえはじめていた。

キオクは、リモコンの上で指を迷わせていた。何を再生すればいいのか、選べないでいた。

パイプ椅子で、ネムイが濃紺のフードをちょっとだけ持ちあげた。

「考えるのは」とネムイは言った。「座ってるあいだに、だいたい、済んでますよ」

最後のフレームの前、ミコの頭の中でフードを持ち上げてひと言話すネムイと、条件表やリモコンを前にした残る四人。

フードが、また下りた。

本部の全員がネムイのほうを見て、それから、モニターのほうを見た。

座っているあいだ、ミコはずっとゆかりを見ていた。ゆかりの足を、息を、ボールを持つ手を。待ったゆかりと、待たなかったゆかりを。

自分のことを考えていたのは、レーンの手前に立ってからだけだった。

ミコは、左を見た。女の人はちょうど自分の最後の一投を終えて、振り向いたところだった。目が合った。女の人があご先で、どうぞ、とした。

ミコは歩いた。線の一歩半手前で止まって、押しだした。

七本倒れた。

右のほうに、三本残った。二本が並んでいて、一本だけ少し離れていた。

三本。三本倒せば、勝ち。

ミコは、戻ってきたボールが止まるのを待った。両手で持った。

腕を振りかけて、やめた。

歩いて、止まって、押しだした。

ボールは、並んだ二本の手前の一本の、はしをかすめた。かすめられた一本だけが、ゆっくり傾いて、倒れた。

残りの二本は、立っていた。

〈ミコ 4・5・3・8・8〉

合計、二十八。

「勝った!」

ゆかりがベンチから立ちあがって、両手を上げた。

ミコは、レーンの手前に立ったまま、モニターを見ていた。〈ユカリ 29〉〈ミコ 28〉。

一本だった。

ベンチに戻ると、ゆかりはまだ両手を上げていた。片手は上げたまま、もう片方を下ろして、伏せていた紙をひっくり返した。

〈9〉

ゆかりの手が、ゆっくり下りてきた。

「……九って書いとる」

「八だった」

「あと一本倒れとったら、わたしが当たって予想は二対二で、ボウリングも同点やったのに!」

「あと二本で、わたしが勝ってた」

「そうやけど!」

ゆかりは、ベンチにどすんと座った。

「勝ったのに、くやしい」

「負けたのも、くやしい」とミコも言った。

くやしいのは、ちゃんとくやしかった。七本倒れたとき、勝てるかもしれないと思った。思ったぶんだけ、くやしかった。

十一番の女の人が、ボールバッグのファスナーを閉めていた。帰りぎわに、二人のレーンの横で少しだけ立ち止まった。

「予想、やってたでしょう」と女の人は言った。

「すみません、うるさくて」とミコは言った。

「わたしも、待ってるあいだ、自分の予想をしてます」女の人は、ボールバッグの取っ手を伸ばした。「たいてい、はずれます」

それだけ言って、車輪をごろごろ鳴らしながら、カウンターのほうへ歩いていった。

靴を返して、番号札の〈38〉と〈39〉で、スニーカーを受けとった。

カウンターで、店員が「スコア、一枚だけ印刷できますよ」と言った。白い細長い紙が一枚出てきた。〈ユカリ 29〉〈ミコ 28〉と、フレームごとの数字が並んでいた。

スナックのテーブルで、ミコはポテトを一つ買った。三百円。ゆかりはソフトクリームを一つ買って、ミコの前に置いた。二百五十円。

ポテトは、テーブルのまんなかに置いた。

「紙、どうする」とゆかりが言った。

テーブルの上に、印刷したスコアと、ミコの予想の紙と、ゆかりの予想の紙があった。ミコの紙には〈5〉〈4〉〈7〉。ゆかりの紙には〈3〉〈3〉〈9〉。〈待つ 五秒〉の紙もあった。

ミコは、スコアの紙を取った。

「勝ったほうが持って帰るんやない?」

「負けたほうの紙を、持って帰る」とミコは言った。「次に勝つ用」

ゆかりは少し考えて、ミコの予想の紙を取った。〈5〉〈4〉〈7〉の三枚を、重ねてそろえた。

「じゃあ、わたしはこれ。研究する」

「研究しても、ゆかりは、待てない」

「待てるようになる。次は十秒」ゆかりは、自分の紙と〈待つ 五秒〉の紙もいっしょに重ねて、ポケットに入れた。「ミコは?」

ミコは、スコアの紙をトートの内ポケットに入れた。濃紺のお守りの横だった。

「待ってるあいだに、考える」

「なにを」

「自分の番のこと」

「それ、やっとらんかったと」

「ゆかりのことばっかり、考えてた」

ゆかりはポテトを一本つまんだまま止まって、それから声を出して笑った。

「それで当てられとったんか、わたし」

本部では、ハラヘッタがソフトクリームのいちばん上を見ていた。

ミコは、ソフトクリームをひと口なめた。冷たかった。ポテトは、しょっぱかった。

最後の一本になったポテトを、ゆかりがミコのほうへ押した。

「それ、勝ったほうが食べるんじゃないの」とミコは言った。

「待っとくけん」ゆかりは両手をお尻の下に入れて、目をつぶった。「いち、に、さん、し……」

ゆかりが数えているあいだ、ミコはポテトを見ていた。

食べるか、返すか。勝ったのはゆかりで、ソフトクリームはミコのもので、ポテトを買ったのはミコだった。

「……く、じゅう」

ゆかりが目をあけたとき、ミコはもう決めていた。

最後の一本を、まんなかで半分に折った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

また、読みたくなったときに。次の物語を探す

ミコシリーズを、つづけて。

第21話 / 25話公開中