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ミコシリーズ第23話
コメディ・旅

ミコ、駅弁を二つ見る

予定の鯛めしと、窓の景色と食べる一箱。

読了目安
25分
長さ
短編
#ほっこり#旅#おいしい
ミコ、駅弁を二つ見るのイメージ

あらすじ

五月、ゆかりと海の町へ向かうミコ。駅弁屋には予定していた鯛めしと、掛け紙が沿線の地図になった新しい弁当が並んでいた。鉄橋は半分間に合わず、風車は反対の窓、長いトンネルはどれだろう。座って食べながら、窓の外とお弁当を一つずつたどる旅。ミコシリーズ第23話。

読みやすく、好きなところから。

目次・5章

第一章 大時計の下

五月なかばの土曜日、朝九時二十八分。

齋藤ミコは、港川駅の中央コンコースで、大時計の下に立っていた。

天井の高い広場には、もう人がたくさん行き来していた。旅行かばんを転がす家族、紙の路線図を広げている二人組、改札の前で片手を挙げて誰かを呼んでいる人。大時計の長い針が、こちん、と一目盛り進んだ。

ミコは、生成りのトートを肩にかけなおして、メモ帳を開いた。

〈9:40 大時計の下〉
〈10:00ごろ 5番線に列車が入る〉
〈10:12 みずなぎ3号 4号車7A・7B〉
〈11:48 汐見浦〉
〈16:20 帰り みずなぎ8号〉

その下に、一行、ほかより少し大きく書いてあった。

〈駅弁 鯛めし〉

水曜日の夜、駅弁屋さんの案内を見て、書いた行だった。〈焼き鯛めし 1250円〉。写真では、ほぐした鯛の身が、ごはんの上いちめんに敷いてあった。

本部では、シンパイがもうホワイトボードの前に立っていた。

〈売り切れ〉
〈列が長い〉
〈乗り遅れる〉

「三つです」とシンパイは言った。

「発車まで、まだ四十四分あります」とダイジョブが言った。黄色い上着の胸を張っていた。

「四十四分あっても、列が四十五分なら」

「四十五分の列は、ありません」

「見たことがないだけです」

キオクが古いリモコンを押した。モニターに、駅弁屋さんの案内が映った。〈改札内 5・6番線階段下〉〈7:00〜19:00〉。

「改札を入って、すぐです」とキオクは言った。丸い眼鏡を指で押しあげた。「ホームへの階段の、下です」

ハラヘッタは、モニターの鯛めしの写真を、まばたきもせずに見ていた。

パイプ椅子では、ネムイが濃紺のフードをかぶって、寝ていた。土曜日の朝の九時すぎは、ネムイにとってはまだ夜だった。

汐見浦へ行こう、と言い出したのは、ミコだった。

連休明けの夜、ゆかりと電話をしていて、次はどこにする、という話になった。ミコは少し黙ってから、海が見たい、と言った。それから、海を見に行くのではなくて、海が見える電車に乗りたい、と言いなおした。

「なら、特急やね」とゆかりはすぐに言った。「で、駅弁。それは絶対っちゃ」

指定席は、その夜のうちにミコが取った。二人ぶん。席を選ぶ画面に、車両の絵と、〈A・B 海側〉という小さな字があった。ミコは7Aを押してから、7Bを押す前に、電話のむこうに聞いた。

「窓側、どっちがいい?」

「うち、通路側がいい」とゆかりは言った。「立つとき楽やし、向こうの窓も見えるけ。海はミコが見り」

ゆかりの分のお金は、次の日の朝には、もう送ってもらっていた。

「ミコ!」

九時三十六分に、改札のほうからではなく、ミコの後ろから声がした。

振り向くと、ゆかりが黒いリュックを片方の肩にかけて、早足で歩いてくるところだった。短く刈った黒い髪が、少しだけ跳ねている。薄いデニムのシャツの袖を、ひじの下までまくっていた。

「早っ。何分からおると?」

「二十八分」

「八分も前やん。北九州からの快速、一本早いのに乗れたけ、うちが先やと思ったのに」

ゆかりは、ミコのメモ帳をのぞきこんだ。〈駅弁 鯛めし〉の行で、目が止まった。

「鯛めしにすると?」

「たぶん」

「うちは、とりめし」ゆかりは、なぜか胸を張った。「前に出張の帰りに食べて、次に特急乗るときは絶対これって決めちょったと。もう二年くらい決めちょる」

「二年」

「乗る機会がなかったんよ。やけ今日は、二年ぶんのとりめし」

本部で、ハラヘッタが「二年ぶん」と小さくくり返した。うらやましそうだった。

二人は、改札を通った。九時四十二分だった。

第二章 見本は、二つ並んでいた

駅弁屋さんは、キオクの言ったとおり、5・6番線へ上がる階段の、すぐ下にあった。

〈港川駅弁 まるみ〉と書いた白いのれんの下に、ガラスのケースがあって、その前に三人並んでいた。ミコとゆかりは、四人目と五人目になった。

「三人」とミコは言った。

本部で、シンパイがホワイトボードの〈列が長い〉を見た。それから、マーカーのふたを開けかけて、また閉じた。

ケースの中には、見本が並んでいた。

ふたを外した弁当箱が、一つずつ、小さな札といっしょに置いてある。〈港川とりめし 980円〉。〈かしわと牛のあいのせ 1300円〉。〈幕の内 1100円〉。

それから、まんなかの段に、二つ並んでいた。

〈焼き鯛めし 1250円〉。

写真で見たとおりだった。ほぐした鯛の身が、ごはんの上いちめんに、薄い桃色と白で敷いてある。すみに、木の芽が一枚。横に立てかけてある掛け紙には、筆の字で〈鯛めし〉とだけあった。

そのとなり。

〈みずなぎ沿線ごよみ 1380円〉。札の上に、もう一枚、黄色い紙が貼ってあった。〈五月から〉。

こちらは、まんなかに、えんどう豆の混ざったごはん。そのまわりを、小さな六つの仕切りが、ぐるりと囲んでいた。黄色い玉子焼き、焼き色のついた魚、茶色い筍、丸いつくね、小さな魚の南蛮漬け、それから、うすいだいだい色の、四角いゼリーのようなもの。

立てかけてある掛け紙は、地図だった。

左下に〈港川〉、右上に〈汐見浦〉。そのあいだを、一本の線路が、くねくねと結んでいる。線路の途中に、丸い番号が六つ。①のそばに〈港川 発車〉。②に〈鳴瀬川の鉄橋〉。③に〈風車の丘〉。④に〈長いトンネル〉。⑤に〈海が見えたら〉。⑥に〈汐見浦の灯台〉。

番号の横には、小さな絵で、玉子焼きや魚や筍が描いてあった。

地図のすみに、細い字で一行。

〈窓の外と、ごいっしょにどうぞ。順番はご自由に。〉

ミコは、そこで、ケースの前から動けなくなった。

頭の中の会議室で五人が二つの駅弁を見比べる。ハラヘッタは画面の鯛めしと豆ごはんの弁当へ両手を伸ばしている。

本部が、いっせいに立ちあがった。

「二つです!」とハラヘッタが言った。両手を、モニターのほうへ伸ばしていた。「二つ、ありました! 二つ買えばいいです!」

「二つは、多いです」とシンパイが言った。ホワイトボードの三行の下に、すばやく書いた。

〈二つは多い〉
〈ひざに二つはのらない〉
〈ごみが二ばい〉
〈2630円〉

「計算、早いですね」とダイジョブが言った。

「早くないと、間に合いません」

キオクがリモコンを押した。モニターに、水曜日の夜が映った。ベッドの上で、スマホの鯛めしの写真を見ながら、メモ帳に〈鯛めし〉と書いているミコ。

「予定では、鯛めしです」とキオクは言った。それから、もう一回押した。

それより前の、連休明けの夜。指定席の画面。車両の絵の、〈A・B 海側〉の小さな字。7Aを押す、ミコの指。

「それから、これです」とキオクは言った。

本部が、少し静かになった。

「どっちも、当たりです」とダイジョブが言った。「どっちを選んでも、おいしいです。ぼくが保証します」

「保証は、できません」とシンパイが言った。

「気持ちで保証します」

ネムイは、寝ていた。フードの端が、寝息で少しだけ動いていた。

いちばん前の人は、本部が騒いでいるあいだに、もう買い終えていた。次の人が幕の内を二つ買って列を離れると、ミコとゆかりの前は、あと一人になった。

ミコは、二つの見本を、もう一度見た。

鯛めしは、ふたを開けたときに、全部がいっぺんに見える弁当だった。いちめんの桃色と白。開けた瞬間に、きっと、わあ、と思う。

沿線ごよみは、ふたを開けても、まだ全部ではない弁当だった。①から⑥まで、窓の外に何かが来るたびに、一つずつ。

7Aの窓のことを考えた。

海が見える電車に乗りたい、と電話で言いなおしたときのことを考えた。

「こっち」と、ミコは口の中で言った。

シンパイが、〈2630円〉の上に線を一本引いた。その横に〈1380円〉と書いた。それから少し考えて、〈予定とちがう〉と書き足した。

「予定とちがっても、いいです」とダイジョブが言った。

「いいかどうかは、書いていません。ちがう、と書いただけです」

ハラヘッタは、まだ鯛めしの見本を見ていた。

「……鯛めしは、どうなりますか」とハラヘッタは言った。

「ケースの中に、います」とキオクが言った。

「次の方、どうぞ」

ケースの向こうで、白い三角巾の店員さんが言った。五十代くらいの女の人で、手の止まらない人だった。話しながら、もう後ろの棚に手を伸ばしていた。

「沿線ごよみを、ひとつください」とミコは言った。「それと、お茶を」

「緑茶、ペットボトルでよかですか。百六十円です」

「はい」

「千五百四十円です。おはし、おつけしますね」

ミコは千円札を二枚出して、四百六十円のおつりと、白い小さなレジ袋を受けとった。中に、地図の掛け紙をかけた弁当がひとつ、緑茶がひとつ。弁当の上に、割りばしとおしぼりが、輪ゴムで留めてあった。

次が、ゆかりだった。

「とりめし、ひとつ」とゆかりは言った。言いながら、目が、ケースのまんなかの段に行った。鯛めしの見本の上で、一秒、止まった。

それから、もう一回言った。

「とりめし、ひとつ。お願いします」

「九百八十円です」

ゆかりは千円札で払って、二十円のおつりと、とりめしの入った白いレジ袋を受けとった。とりめしの掛け紙は、茶色い紙ひもで十字に結んであって、ひもの下に割りばしがはさんであった。

「飲み物は?」とミコは聞いた。

「上で買う。ホームの自販機のサイダーって決めちょる」

「それも、二年前から?」

「それは、今決めた」

九時五十一分だった。

階段を上がると、5番線のホームには、まだ列車がいなかった。

ゆかりは、ホームのまんなかの自販機で、缶のサイダーを一本買った。百六十円。がこん、と音がして、ゆかりはそれを拾いあげて、冷たっ、と言った。

ミコは、足もとの乗車位置の表示を探した。少し先の、点字ブロックの内側に、〈4号車〉の字があった。二人はその後ろに並んだ。前には、年配の夫婦が一組だけ立っていた。

十時ちょうどに、線路の向こうから、白い車体に青い線の入った列車が、ゆっくり入ってきた。

止まっても、ドアは閉まったままだった。窓の中で、清掃の人たちが動いているのが見えた。座席の背もたれが、くるり、くるりと回って、進む向きにそろっていく。

本部で、シンパイがホワイトボードの〈乗り遅れる〉を見た。列車は、目の前に止まっていた。

シンパイは、その横に小さく〈目の前にいる〉と書いた。

十時四分に、ドアが開いた。

第三章 ①から、順番に

4号車の7Aは、海側の窓ぎわだった。

ミコは、青緑の上着を脱いで、窓わきの小さなフックにかけた。下は、白い長袖のカットソーだった。トートは足もとに置いて、前の座席の背中についたテーブルを、ぱたんと倒した。

レジ袋から、弁当と緑茶を出して、テーブルにのせた。割りばしとおしぼりは、弁当の横に。おしぼりで手を拭いてから、使ったおしぼりをもとの袋へ戻した。空になったレジ袋は、たたんで、テーブルの端にはさんだ。

7Bのゆかりも、同じようにテーブルを倒して、とりめしとサイダーを置いた。黒いリュックは、上の荷物棚にのせた。

通路をはさんだ7Cと7Dに、さっきの年配の夫婦が座った。奥さんのほうが窓ぎわで、膝に文庫本を出していた。

「ミコ」とゆかりが、小さな声で言った。「うち、発車してから開けるけ」

「決まり?」

「決まり。動いちょらんのに開けたら、ただの、ホームで食べる弁当になるやん」

そう言いながら、ゆかりは、とりめしの紙ひもの結び目を、もう指でつまんでいた。

「まだ動いてないよ」

「わかっちょる。ほどいとくだけ」

ひもがほどけた。ゆかりは、掛け紙の上から、ふたを両手で押さえた。

十時十一分だった。

発車のベルが鳴って、ドアが閉まった。

ホームの柱が、ゆっくり、後ろへ動きはじめた。

「よし」とゆかりは言って、ふたを開けた。

ミコも、地図の掛け紙をそっと外した。折り目のついた紙を、ひざの上に広げた。左下の〈港川 発車〉の①。今だった。

ふたを開けた。

えんどう豆のごはんの、うすい緑。まわりの六つの仕切り。見本と同じだったが、見本よりも少しだけ、おいしそうに見えた。

ミコは、割りばしを割った。

右側が、少しだけ太くなった。

本部で、シンパイが〈はしが不ぞろい〉と書いた。

「食べられます」とダイジョブが言った。

①の、玉子焼きをつまんだ。ひと口かじると、だしの味がして、少しだけ甘かった。窓の外では、港川駅のホームが終わって、線路が何本にも分かれていくところだった。

「発車の味がします」とハラヘッタが言った。

「玉子焼きの味です」とシンパイが言った。

「発車しながら食べる、玉子焼きの味です」

となりで、ゆかりが「ん」と言った。

とりめしは、三色だった。茶色い甘辛い鶏の細切りと、黄色い錦糸玉子と、黒い刻み海苔が、ごはんの上に、斜めの帯になって並んでいる。ゆかりは、その茶色の帯のはしから、ごはんごと大きくすくって、口に入れていた。

「これこれ」とゆかりは言った。口を手でおさえていた。「二年ぶん、これ」

「おいしい?」

「おいしいっちゃ。ミコのは?」

「玉子焼きが、だし」

「うちのにも玉子あるけど、こっちは甘いほう」ゆかりは、ミコのひざの地図を、横目でのぞいた。「次、なんて書いちょると?」

「②、鳴瀬川の鉄橋」

「いつ?」

「わからない。地図には、時間は書いてない」

キオクがリモコンを押した。モニターに、水曜日の夜に見た路線の地図が映った。港川を出て、川を一本。それから山のほうへ。

「港川を出て、最初の大きな川です」とキオクは言った。「十分くらいだと思います。思います、です」

十時二十一分に、窓の外の家並みが、急に途切れた。

足もとから、ごうっ、と音が変わった。鉄の柱が、窓の外を、たたたたた、と流れていく。下に、茶色く広い川があった。

「鉄橋!」とゆかりが言った。声が、少し大きかった。

7Dの奥さんが、文庫本から顔を上げて、窓を見た。

ミコは、②の鰆の西京焼きを、はしでつまもうとした。

ちょうど、口の中にえんどう豆のごはんが入っていた。

鉄の柱が、たたたた、と鳴りつづけた。ミコはごはんを噛んだ。急いで噛まないように、と思いながら、少し急いで噛んだ。飲みこんで、鰆を口に入れたとき、窓の外は、もう向こう岸の土手だった。

「渡り終わってから、食べました」とシンパイが言った。

「渡りながら、はしは持ってました」とダイジョブが言った。

鰆は、みその甘い匂いがして、身がしっとりしていた。

「間に合ったと?」とゆかりが聞いた。

「半分」

「半分なら、上等たい」

③の〈風車の丘〉は、地図の上で、線路の左側に描いてあった。

ミコは、地図と窓を見くらべた。7Aの窓は、進む向きの右側だった。地図の線路の右側には波の絵が描いてあって、左側には、山と、三本の細い棒のようなものが描いてあった。

「……反対側だ」とミコは言った。

「なにが?」

「風車。山側だって」

ゆかりは、はしを持ったまま、通路のほうへ体を向けた。

「よし。うちが見る」

十時四十分ごろ、線路は田んぼのあいだを走っていた。ゆかりは、通路越しに、7Dの窓のほうを見ていた。7Dの奥さんは、また文庫本を読んでいた。ゆかりは、奥さんの頭のうしろ、窓の上のほうを、目だけで見ていた。

「あ」とゆかりが言った。

「風車?」

「風車。三本。いちばん右のだけ、回っちょらん」

ミコは、首をのばして、通路の向こうを見た。7Dの窓のいちばん上に、白い細い羽根が、ちらっと見えた。すぐに、木の陰に入った。

「見えた?」

「羽根が、一枚」

「一枚でも、見えたなら見えたっちゃ」

7Dの奥さんが、本から目を上げて、窓の外を見て、それからゆかりとミコを見て、小さく笑った。ゆかりは、すみません、という顔で頭を下げた。

ミコは、③の筍の土佐煮を食べた。かつおぶしが、筍のまわりに、ふわふわとついていた。噛むと、しゃく、と音がした。

本部で、ハラヘッタが、しゃく、とくり返した。

第四章 長いトンネルは、どれ

④の〈長いトンネル〉が、問題だった。

十時五十分すぎに、列車は山のほうへ入っていった。窓の外が、ふっと暗くなった。

トンネルだった。

ミコは、④のつくねを、はしでつまんだ。かじった。甘辛いたれがからんで、しょうがの味がした。

二口めをかじろうとしたところで、窓の外が明るくなった。

緑の山の斜面だった。

「……短い」とミコは言った。

「短かったね」とゆかりは言った。

ミコは、半分になったつくねを、はしでつまんだまま、地図を見た。〈長いトンネル〉。

本部で、キオクがリモコンを押した。モニターに、路線の地図が映った。山のあたりに、トンネルの印が三つ並んでいた。

「三つあります」とキオクは言った。「どれが長いかは、地図では、わかりません」

シンパイが、〈トンネルが三つ〉と書いた。

二つめのトンネルは、すぐに来た。ミコは、半分のつくねを口の前まで運んで、待った。

明るくなった。

「また短い」

ゆかりが、とうとう笑いだした。

「どれが長いかは、抜けるまでわからんっちゃ」とゆかりは言った。肩がふるえていた。「長いのを待っちょったら、ずっと待つことになるよ」

「じゃあ、次のが長くなかったら」

「そしたら、もう食べていいことにしよ。地図にも、順番はご自由にって書いちょったやろ」

「書いてあった」

「やろ」

ミコは、半分のつくねを、ごはんの上にいったん置いた。

三つめのトンネルに入ったのは、十一時五分だった。

窓の外が暗くなって、ガラスに車内が映った。白い長袖のミコ。はしを持った手。となりに、デニムのシャツのゆかり。ゆかりは、ガラスの中のミコに向かって、変な顔をしてみせた。

ミコは、ガラスの中のゆかりに、つくねを見せた。

暗いままだった。

ごうっ、という音が、ずっとつづいていた。窓の外の暗さが、なかなか終わらなかった。

「長いです」とダイジョブが言った。「これが、長いトンネルです」

「まだ、抜けていません」とシンパイが言った。「抜けるまでは、わかりません」

「ゆかりさんの言ったとおりです」

パイプ椅子で、ネムイが、もぞもぞと動いた。

「トンネルは……」とネムイは言った。「眠いですね……」

それだけだった。ネムイは、またフードの中に戻っていった。

本部の誰も、それには何も言わなかった。

ミコは、つくねの残り半分を食べた。暗いガラスに、自分がつくねを食べているところが映っていた。

そして、窓の外が、いっぺんに明るくなった。

明るすぎて、ミコは一回、まばたきをした。

青かった。

線路のすぐ下から、灰色の岩場がつづいて、その向こうが、いちめん、海だった。ところどころで日の光が、白い点になって揺れていた。

トンネルを抜けた特急の閉じた窓から海を見て笑うミコとゆかり。膝の地図と食べ進めた弁当が、二人の前にある。

「海」とミコは言った。

「海!」とゆかりも言った。同時だった。

ゆかりは、はしを持ったまま、ミコの肩のほうへ身を寄せた。7Aの窓に、二人の頭が並んだ。

「トンネル出て、すぐ海やん」とゆかりは言った。「④と⑤、いっぺんに来たね」

ミコは、地図を見た。④〈長いトンネル〉と、⑤〈海が見えたら〉。地図の上では、二つの丸は、指一本ぶんしか離れていなかった。

「ほんとだ」

「地図描いた人、トンネル出たらすぐ海って、知っちょったっちゃろうね」

ミコは、⑤の小鯵の南蛮漬けを食べた。すっぱくて、玉ねぎがしゃきっとしていて、小さな魚は骨までやわらかかった。

窓の外を、海がずっと流れていた。

本部では、ハラヘッタが、南蛮漬けを噛みながら、モニターの海をじっと見ていた。何も言わなかった。

「何も言わないんですか」とシンパイが聞いた。

「今、忙しいです」とハラヘッタは言った。

海は、それからしばらく、7Aの窓から消えなかった。

小さな漁港が見えた。白い船が五、六そう、岸壁に並んでいて、一そうだけ、港の外へ出ていくところだった。ミコが「船」と言うと、ゆかりは身を寄せて、見た、と言った。

ゆかりのほうからも、ときどき報告があった。

「こっち、玉ねぎ畑」とゆかりは言った。通路の向こうの窓を見ていた。「玉ねぎが、小屋に、すだれみたいに吊るしてある」

「見たい」

「見えん。ミコの窓は海やけ。海の人は、海を見とき」

ゆかりのとりめしは、十時半すぎには、もう半分以上なくなっていた。それからは、すみの錦糸玉子と海苔のところを、はしで少しずつ集めながら、窓の外を見ていた。

「最後の玉子、残してるの?」

「残しちょる。好きなのは最後」

「わたしは、地図の順番」

「ミコのは、順番があるけね。うちのは、好きな順」

ゆかりは、最後のひと口を食べて、ふたを閉めた。掛け紙をかぶせて、紙ひもを、もう一回十字にかけた。結び目は、最初より少し、ゆるかった。

「ごちそうさま」とゆかりは言った。それから、ミコのひざの地図を、もう一回見た。「……それ、次はうちも買おうかな」

「とりめしは?」

「とりめしは、とりめしで好き。でも、それも食べたい。両方食べたいのは、だめなことやないやろ」

本部で、ハラヘッタが、大きくうなずいた。

十一時二十分ごろ、ゆかりは、とりめしの箱と割りばしをレジ袋に入れて、口を結んだ。空になったサイダーの缶を、もう片方の手に持った。

「デッキに、ごみ箱あったよね」

「あった。缶と、その他」

「ちょっと行ってくる」

ゆかりはレジ袋の持ち手と缶を左手にまとめて持ち、通路に出て、車両のうしろのドアへ歩いていった。列車が少し揺れて、ゆかりは座席の背もたれに片手をついて、また歩いた。

ミコは、そのあいだ、海を見ていた。

弁当には、すみに少しのえんどう豆のごはんと、⑥の甘夏の寒天が、まだ残っていた。

ゆかりが戻ってきて、7Bに座った。

「ミコ、聞いていい?」

「うん」

「なんで、鯛めしやめたと? メモに書いちょったのに」

ミコは、少し考えた。

「鯛めしは、開けたら全部見えるから」とミコは言った。「沿線ごよみは、窓を見ながら、一つずつだから」

「ふうん」

「海が見える電車に乗りたいって、言ったから」

ゆかりは、窓のほうを見た。海が流れていた。

「それ、電話で言いなおしたやつやろ」

「覚えてたの?」

「覚えちょるよ。海を見に行くんやなくて、って。わざわざ言いなおすけ、なんかあるなって思った」

ゆかりは、背もたれに頭をつけて、笑った。

「うちはね、実は、鯛めしもちょっと見ちょった」

「見てた」

「見ちょったの、見られちょったか」ゆかりは、天井を見た。「とりめしは二年決めちょったけ、変えんかった。変えんでよかった。おいしかった。でも、鯛めしも気になるっちゃ」

第五章 灯台は、どっちが先

十一時三十五分に、車内の案内が流れた。〈次は、終点、汐見浦です〉。到着は、十一時四十八分。

ミコは、地図の⑥を見た。〈汐見浦の灯台〉。線路の右側、海に突き出た岬の先に、白い小さな塔の絵があった。

「⑥は、灯台」とミコは言った。

「灯台」ゆかりが、体を起こした。「よし。灯台は、うちが先に見つける」

「勝負?」

「勝負。ミコは窓やけ有利やけど、うちは先を見る」

ゆかりは、窓の外の、進む向きのずっと先を見た。ミコの窓の、斜め前のほう。ミコも、同じほうを見た。海と、遠くの岬の、緑の影。

本部で、ダイジョブが手を上げた。「ぼく、見えます。たぶん、あの岬です」

「たぶんは、見えたことになりません」とシンパイが言った。

キオクがリモコンを押した。モニターに、地図の⑥が大きく映った。岬の先。白い塔。

「岬の先の、白いのです」とキオクは言った。

十一時四十一分。

岬の緑の影が、少しずつ大きくなってきた。その先に、何か、白いものがあった。小さな、白い、まっすぐな——

「あった!」とゆかりが言った。

一拍あとで、ミコも見つけた。

岬のいちばん先に、白い灯台が立っていた。てっぺんが、少し黒かった。

「うちの勝ち」とゆかりは言った。両手で小さく拳を作っていた。

「一秒くらいだった」

「一秒でも、勝ちは勝ちっちゃ」

「勝負するって、わたし、言ってない」

「うちが言ったけ、勝負やった」

本部で、ダイジョブが「ぼくは、ゆかりさんより先に見えてました」と言った。シンパイは、何も書かなかった。

ミコは、⑥の甘夏の寒天を食べた。

ひんやりしていて、すっぱくて、そのあとで少し甘かった。窓の外では、灯台が、ゆっくり後ろへ回っていった。

最後に、すみに残っていたえんどう豆のごはんを食べた。弁当箱が、空になった。

ミコは、ひざの地図を、もとの折り目どおりにたたんだ。たたむと、ちょうどメモ帳と同じくらいの大きさになった。メモ帳のうしろの見返しに、はさんだ。

弁当箱にふたをして、割りばしを箸袋に戻して、使ったおしぼりを戻した袋といっしょに、テーブルの端にはさんでおいたレジ袋に入れた。口を結んだ。

緑茶は、まだ半分くらい残っていた。ふたを閉めて、トートに入れた。

「ごみ、行ってくる」

「うん」

ミコは、レジ袋を持って、通路に出た。車両のうしろのドアの向こうのデッキに、ごみ箱が二つ並んでいた。〈缶・びん・ペットボトル〉と、〈その他〉。〈その他〉の口に、レジ袋を入れた。

座席に戻ると、ゆかりが、荷物棚から黒いリュックを下ろしていた。ミコは、窓わきのフックから青緑の上着を取って、はおった。テーブルを、ぱたんと上げた。

列車が、速度を落としはじめた。

十一時四十八分、汐見浦の駅のホームに、二人は降りた。

ホームは一本だけで、屋根が短かった。屋根の先から、日差しが斜めに入ってきていた。風が、少しだけ、しょっぱい匂いがした。

改札の手前に、小さな売店があった。新聞と、お菓子と、飲み物と。そのガラス戸に、手書きの紙が一枚貼ってあった。

〈港川駅弁 焼き鯛めし/みずなぎ沿線ごよみ 十五時入荷〉

ゆかりが、足を止めた。

ミコも、足を止めた。

「見た?」とゆかりが言った。

「見た」

「帰りの列車、十六時二十分やったよね」

「うん」

ゆかりは、紙を指でさした。それから、自分の胸を指でさした。

「うち、帰りは鯛めし」

本部で、ハラヘッタが立ちあがった。「鯛めしが、ケースから出てきました」

「出てきたのは、ゆかりさんのほうです」とキオクが言った。

「ミコは?」とゆかりが聞いた。「帰りも沿線ごよみ?」

ミコは、メモ帳を開いた。うしろの見返しから、たたんだ地図を、少しだけ引きだした。

帰りの列車は、汐見浦から港川へ走る。この地図を、反対から読むことになる。⑥の灯台から始まって、海、トンネル、風車、鉄橋。最後が、①の港川だった。

灯台が、最初になる。

「まだ、わからない」とミコは言った。「十五時になったら、また見る」

「二つ?」

「二つ」

ゆかりは、そう、と言って笑った。それから、リュックを背負いなおして、改札のほうへ歩きだした。

本部で、シンパイが、ホワイトボードのいちばん下に書いた。

〈十五時 二つ見る〉

「今度も、見るだけですか」とダイジョブが聞いた。

「見るだけかどうかは、書いていません」とシンパイは言った。

ミコは、メモ帳の〈駅弁 鯛めし〉の行を見た。消さなかった。その下に、小さく〈帰り?〉と書いた。

メモ帳を、トートにしまった。

改札を出ると、駅前の坂の下に、海が見えた。さっき窓から見ていた海の、つづきだった。

ゆかりが、坂の途中で振り返って、手を振った。

ミコは、少し早足で、でも走らずに、坂を下りていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

また、読みたくなったときに。次の物語を探す

ミコシリーズを、つづけて。

第23話 / 25話公開中