かまどと時刻表
窯も、バスも、待ってくれない。姉妹は町の行事を、一つだけ選ぶ。
十五分刻みの旅程表を組む姉の千晶と、旅先では人と話したい妹の七海。二人は山あいの町で、共同かまどのパン焼き体験に参加する。焼成もバスも、予定どおりにはいかない。帰りの電車は日曜十一時四十二分。町の行事に、どう、どれだけ関われるだろう。
物語の世界に、少し長く浸りたい日に。 14作品
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窯も、バスも、待ってくれない。姉妹は町の行事を、一つだけ選ぶ。
十五分刻みの旅程表を組む姉の千晶と、旅先では人と話したい妹の七海。二人は山あいの町で、共同かまどのパン焼き体験に参加する。焼成もバスも、予定どおりにはいかない。帰りの電車は日曜十一時四十二分。町の行事に、どう、どれだけ関われるだろう。
雲量十。それでも、今夜の星はちゃんとそこにある。
山の町立天文台で四十年働いた父の、最後の一般公開日。朝から雲は山を包み、望遠鏡の屋根も開けられない。春から受付をする娘の朔は、めくると星が現れるカードを用意していた。土星を待つ子、星の名前を知りたい運転手、四十年ぶりの夫婦。観測できない夜に、親子の仕事が初めて並ぶ。
手紙は乾くと、消えてしまう。宛名の人の手に届くまでは。
雲の町の郵便局で働くチグサは、まだ地上へ降りたことがない。午後、乾いた風で降下籠が止まった。今日届けたい手紙は五通、予算は銀貨十枚。濡れたまま運ぶには、傘の積載量が足りない。洗い張り屋で覚えた手ざわりを頼りに、古参と若手の配達員と一緒に、雲の底へ向かう。
三晩だけ借りた月。残りの灯で、誰の夜を照らす?
丘の上の月庫から、三十一年ぶりに沢渡町へ月が貸し出された。初めて一人で立ち会う瀬尾環は、夜店の料理人、眠れない配達員、商店会長の願いに次々と頷いてしまう。けれど月の灯には限りがある。最後の夜をどう照らすか、町の人たちが一緒に考える幻想群像劇。
行き先は売っていません。売っているのは、寄り道の回数です。
行き先ではなく、寄り道の回数を売る切符売り場。四十一年タクシーで最短の道を走ってきた戸叶ハルは、初めての寄り道に三回券を買う。ところが帰りの切符だけが風に飛ばされてしまった。初乗務の車掌・汐見あかりと三つの駅を回り、帰り道の証明を一つずつ集めていく。
海は見えません。でも、始発の船には間に合います。
港から歩いて七分なのに、どの窓からも海が見えないホテルもやい。父から宿を引き継いだ姉の千景は直前割を考え、弟の陸は朝食を再開したいと言う。三連休の予約表をはさんで二人の意見がぶつかる夜、黒い箱を持った客が来て、八年前にやめた船弁のことを尋ねる。客の朝から、宿の仕事を組み直す物語。
時刻を書く人と、寄り道を書く人。一冊のしおりを、二人で。
故郷の温泉宿を手伝う千波のもとへ、旅好きの友人まひるが一週間だけ働きに来た。十月最後の土曜、迎える客は三組。時刻を書く千波と寄り道を書くまひるは、一緒に旅のしおりを作る。けれど朝九時、滝へ向かうバスの運休を知らせる電話が鳴って——。
昼にしか光らない小さな星を、誰も雇わない昼の舟で、古い灯台まで。
昼は白い靄に覆われ、夜だけ船が出る澪見の港。測量士の朔が拾ったのは、昼にしか光らず少しずつ減っていく小さな星だった。昼船の鑑札を守るハルと、夜の星が読めない見習いの穂波。三人は潮を待ち、白い湾を越え、海峡の奥の古い灯台へ星を運ぶ。
モンブランは、ひとつだけ。負けた人から選べるなら――。
月に一度の大人の卓球会。新入りを励ますための「負けた人からケーキを選ぶ」決まりは、平和だった。箱に秋限定モンブランがひとつだけ入っていた土曜日までは。自分で手抜き禁止まで言い出した負けず嫌いの私は、おやつと勝ちたい腕のあいだで空回りする。
千五百円ぶんの海と、二つの籐椅子。
六月末、海の町の小さな宿へ一人で泊まりに来たミコ。少し高い海側の部屋を選んだのに、時間割には外出予定がぎっしり。窓辺の籐椅子に五分だけ座ったら、立ちあがれなくなった。食堂のアジフライ、天井をなでる光、翌朝の小さな当たり。ミコシリーズ第25話。
桜、日なた、平らな地面。条件を増やすほど、お弁当が遠くなる。
三月の終わり、ミコはゆかりと公園へお花見に行く。おさがり市で買った木の台を机にしようと、カートへ積んだ。場所の条件は七つ。ところが池の桜には先客がいて、丘は風が強く、空いた芝生は養生中。腹ぺこのゆかりが場所探しの勝負を持ちかけ、ますます時間が過ぎていく。座ってから始まる、二人の春の午後。ミコシリーズ第20話。
失った味覚を、土と雨がほどいていく。
料理人として十二年を過ごした麻衣は、ある日突然「おいしい」が分からなくなり、東京を離れて香川の山あいの集落へ移住する。台所に立てないまま眠る日々の中、隣人のひさ、はるこ、とよと畑で過ごし、土に触れ、不格好な野菜を食べるうちに、麻衣の中の小さな感覚が戻り始める。評価ではなく、自分の体が感じる「おいしい」を取り戻す再生の物語。
消せない誤植が、愛の余白を照らす。
文芸編集者の芹澤梓は、完璧な校正と締め切りを守ることにすべてを捧げていた。けれど黒木忍の新作ゲラに、本文とは無関係な一文が現れる。「ちゃんと俺のこと、見てる?」。消しても消えない言葉は、同棲相手・悠とのすれ違いを映し出していく。赤ペンでは直せない感情と向き合う、静かな再生の恋愛短編。
嘘の裏側に、真面目な愛があった。
出版社で働く水瀬さくらは、会社員だと思っていた夫・航の収入や行動に小さな違和感を抱いていた。ある日、夫のバッグから見つけた収支ノートをきっかけに、航がスロットで生計を立てていることを知る。戸惑いながらもホールで夫の真剣な姿を見たさくらは、隠されていた夫の“もう一つの顔”と向き合っていく。